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競争社会のプレッシャーを解く。
「パパ育休」で変わった人生観とは

「育児休業」は男女問わず取得できる制度ですが、2020年の取得率は女性が81.6%、男性は12.65%(厚生労働省の調査より)。ここにも大きなジェンダーギャップが生じています。

 

女性が社会で活躍するためには、男性の家庭進出が鍵になる。そのため「育児・介護休業法」が改正され、2022年4月から段階的に「パパ育休」を後押しする施策が行われています。

 

とはいえ、キャリアや収入はどうなる? どう過ごせばいいの? 家族との関係性はどう変化する? 

 

すでに1年間の育休を取得した、税所篤快さん、成川献太さん、中西信介さんの3人で「パパ育休」座談会を行いました。育休がもたらした“人生に対する価値観”の変化とは──

1年間のパパ育休を取得した、本音の理由

 

今日はよろしくお願いします! まず、それぞれどんなきっかけで育休を取得したか、教えていただけますか?

 

税所篤快(以下、税所): じゃあ僕から。長男のときに1年、次男のときに半年の育休を取っています。当時は所属する会社で営業をしていまして。育休を取りたい!と思ったもともとのきっかけは、女性の友人に「育休とらないの? 奥さんに一生感謝される近道だよ」と言われたこと。そこから育休を選択肢として意識し始め、友人や先輩にも相談して、決めました。表向きの理由は「(産後数年で夫婦仲が悪化する)産後クライシスを避けるため」とかいろいろあったけど、一番は「育児がおもしろそう!」だったから。新しい命の誕生を前に、自分自身も新しい世界に突入していく感じにわくわくし、コミットしたいなと。

 

成川献太(以下、成川): 成川です。広島県で教員をしていて、2歳と5歳と6歳の子どもがいます。3人目が生まれたときに1年の育休を取りました。もちろん妻と一緒に子育てをしたい、子どもと関わりたいという気持ちもあったんですが、「一度、立ち止まる機会がほしい」というのが本音です。ずっと教員として働いてきて、自分の人生このまま進んでいっていいのかな?とぼんやり思っていたので、育休は変化のきっかけにもなるんじゃないか、と。僕の弟が先に育休を取っていて、身近に経験者がいたことも大きかったです。

 

中西信介(以下、中西): 僕は1人目のときは生後3ヶ月から1年間、2人目が生まれたばかりなんですが、年度末の3月まで11ヶ月間の育休を取得中です。きっかけは、保育園の運営の仕事をしているので、0歳から自分の子どもの育児に携わりたいという気持ちがまずありました。制度的にも妻は経営者で産休・育休制度が使えないので、会社に所属している僕が制度をフル活用したほうがいいなと。家族というチームにおいて、ベストな選択が、僕が育休を取得することだったんです。

ちなみに、2回目の育休期間である現在は、完全に仕事から離れるのではなく、引き継ぎや緊急対応など週5時間程度の仕事をしており、新しい育休の取り方にチャレンジしています。

 

収入の不安を解消してくれる、育児休業の給付金

 

育休を取るうえで、収入面やキャリアにおける不安、ハードルはありませんでしたか?

 

税所: 収入面で言えば、育児休業の給付金は大きいですよね。1年の育休のうち、始めの半年は手取りの約8割、残り半年は手取りの6割弱が給付されます。週5日フルで働いて得ている給与と大きく変わらない額が育児をしていても得られるなら、絶対取ったほうがいいな!と僕は思いました。

 

成川: 手取りが約30万円の場合、最初の半年は月約24万円、残りの半年は月約18万円がもらえます。捉え方は人それぞれだと思いますが、仕事を休んでも子育てをして家庭に貢献することで、250万円が国から支給されるわけです。

 

中西: 収入面としては、おふたりのおっしゃる通り、制度を正しく理解すれば不安は解消されると思います。ただし、給付金が支給されるまで2〜3ヶ月くらいかかるので、その間の蓄えは必要ですね。あと、僕は同じ職種の人が職場にいなかったので、仕事に穴を開けて大丈夫か?という心配はありました。その点は、妊娠がわかった時点ですぐに上司と人事に相談をして、後任や引き継ぎのスケジュールを決めたことで、スムーズに育休に入れたと思っています。制度上は1ヶ月前までに申請、となっていますが、できれば半年前、遅くとも2〜3ヶ月前には相談できると会社も備えやすいのかなと。

 

「こうあらねばならない」という思い込みをはずすきっかけに

 

税所: キャリアに関しては、会社の男性の先輩には心配されましたね。「ビジネスマンとして成長する大事な時期を育休で使っていいの?」と。僕もそれなりにプレッシャーを感じていたので、育休を取る前に営業成績を上げなくちゃ、とモーレツに働いていました。

 

実際に育休を取ってみてどうでした? そのアドバイスは……

 

税所: たしかに、会社に所属して昇進を目指すという価値基準においては、一理あるなと思います。僕も最初、活躍している同世代を見て育休を取ってる場合じゃないかも、と焦る気持ちもありましたし。でも行ったり来たりしながら次第に、そもそも、具体的なアウトプットや成果を出し続けることに価値を置く道からはズレた、まったく違う生き方があるよね、と気づいていった。そのプロセスのはじまりが育休だったんです。

育休を取る前、一橋大学の楠木建先生が「人生は常にトレードオフ。何かを決断すればいい面も悪い面も引き受けなくちゃいけない。個人的に人生は『何かを達成した』ことよりも『豊かな思い出』のほうが大事だと思う」といった言葉をかけてくれたんです。育休を取ってみて、その言葉が実感として腑に落ちました。キャリアは途切れたとしてもいくらでも取り返せるけど、幼い子どもと一緒に過ごす時間は取り戻せない。今は、キャリアアップよりも思い出づくりを優先しています。

 

なるほどー。そもそものキャリアの捉え方、人生の見方のようなものが変化していったんですね。

 

成川: 僕も今は仕事のペースは落としていますが、家族と過ごす時間が増えたことで幸福度が増した気がしています。とはいえ1年職場を離れて、復帰当初は自分だけが取り残されているような感覚もありました。「マミートラック」と言われる現象が肌で理解できた、というか。ただ一度昇っていくことから外れたことで、ずっと第一線にいなくてもいいやと心が軽くなった部分もありますね。

 

中西: ここにいる3人は、転職や起業などを経験しているから、比較的キャリアに対して柔軟な考えが根底にあるのかもしれませんね。社会学の中で「男性学」を研究されている田中俊之先生がおっしゃっていたのですが、男性は働き続けることが“暗黙の了解”とされていて、社会の中で出世を目指して競争し続けることが当たり前、というプレッシャーがあるんだと思います。成川さんの話にもあった通り、育休は、その思い込みをはずすための重要なきっかけになるのかもしれませんね。

 

役割分担し、家族で過ごす時間をより楽しく

 

育休中はどんなふうに過ごしていたんでしょう?

 

税所: 長男のときは、夫婦ともに1年の育休を取っていたので、ふたりでがっつり育児をして、余裕ができたタイミングでは家族で、お世話になった人たちに挨拶に行ったり、地方で暮らす友人を訪ねたりもしていました。「激しくドタバタ」する時期がふたりで育休を取ることで「ドタバタ」くらいにはなったので、育児も家族で過ごす時間も楽しめた。大変さよりも楽しさがまさっていたので、2人目にもつながったのかなと思います。

 

成川: 僕は基本、いつもの朝ごはんを並べて、洗い物と洗濯をして、長男を幼稚園に送って、次男と公園で遊んで、掃除をして、夜は3人の子どもをお風呂に入れて……といったことを毎日繰り返していました。とはいえ最初の半年は、何かアウトプットしなきゃという強迫観念にかられていて、育休をテーマにした本を書いていまして。妻には呆れられました(笑)。やり切った残り半年は特に何もしなくても、ただ家族と過ごす時間が豊かだな〜と思っていましたね。

 

税所: 結果的に成川さんは自分のやりたいこともして、家事育児にも貢献できたからよかったですよね。僕はですね、家事に関してはよく妻から怒られて、あんまり進歩もしなくて。自分の生活力が高くないことがよくわかりました(笑)。昔からどうしても朝起きられなくて、育休中なのに妻が追い詰められて1日家出したこともありましたから。焦りましたよ。ダメでしたね、自分。ただ子どもを外に連れ出して遊ぶのは大の得意。育休中に夫婦の得手不得手が明らかになって、家事育児の役割分担ができるようになったのはよかったかな。

 

成川: うちも家事育児において、献立とか体調管理とか考える系は妻が担当、お風呂に入れるとか遊ぶとか動く系は僕が担当している感じです。

 

中西: 我が家は、妻が仕事をしていたので、一通りの家事育児は僕が担当していました。ただ、妻の方が料理が得意なので、大人が食べるご飯は担当してくれていましたね。基本的に、互いに好きなこと、得意なことを担うことにしているので、きっちり半分ずつシェアしよう、という意識はあまりないかもしれません。互いが全体像を把握していて、分担に納得していれば良いんだと思います。

 

ふたりでの産後育児が、良好なパートナーシップの基盤に

 

育休を取得したことで、夫婦のパートナーシップに変化はありました?

 

成川: 3人目で初めて育休を取ったということもありますが、妻への感謝とリスペクトの気持ちが増しました。家事育児は本当にマルチタスクで、実際にやるだけじゃなくて考えることも多い。これまでぜんぶ妻が引き受けてくれていたんだなあと思うと頭が上がりません。帰ってきて「仕事をして疲れているんだ」なんて口が裂けても言えないですよ。仕事に行くときも「行ってきます」ではなく「行かせていただきます」という気持ちでいます。そうやって、自分の都合だけじゃなく、妻の気持ちを考えることができるようになったのは大きな変化ですね。

 

ほお、すばらしい。 家事育児は名もなきもの、見えにくいものも多いですもんね。

 

税所: そうそう、育休前のアドバイスとして、「そんなに長く一緒にいたら、夫婦関係が悪化するんじゃない?」っていうのもあったんですよ。

 

中西: それはたぶん、コロナ禍の在宅ワークもそうだと思うんですけど、夫婦関係が「悪化する」んじゃなくて「露わになる」んですよね。育児という大きな共同プロジェクトを前に、包み隠してなんとかやってきたことがごまかせなくなってくるというか。

 

成川: スウェーデンでは、育休改革で男性の取得率が上昇した際、離婚率が12%から13%に上昇したけれど、その後5年のスパンで見ると変わらないという結果(山口慎太郎『「家族の幸せ」の経済学』より)があるそう。つまり、育休によって人生のパートナーとしての相性が明らかになって離婚する時期が早まった、とも言えるんですよね。

 

へえ。その点はみなさん、どうでしたか?

 

税所: もちろん衝突や喧嘩もあるけど、1人目、2人目が生まれる度に夫婦関係も変化していって、いい方向に進んでいるのかな、と思いますね。妻にすべてを任せるんじゃなくて、育休を取得して同じ方向を見て子育てすることで、家族として基盤ができた感じがあります。

 

成川: 僕は育休前より妻のことが好きになったし、夫婦の仲が良くなった気がします。なんでかなと考えてみたんですが、育休を経て妻への感謝の気持ちが湧いたことで、この人を大事にしなくちゃと、「好きでいることを決めた」からだと思います。自分の中で良好なパートナーシップを育んでいくための、覚悟のようなものが芽生えたのかな、と。

 

中西: うちも妻の仕事場に家族で訪れたり、一緒にいる時間が増えたことで、育休から復帰した後も互いのコミュニケーションが深まったと感じています。「夫婦の愛情曲線」というグラフによれば、妻の産後に夫がどれだけ育児に関わるかが、将来にわたって夫婦関係が円満かどうかの分かれ道になる、とも言われていますしね。産後の一番大変なときに、子育てに一緒に取り組めるかどうかは、夫婦関係に少なからず影響があると思います。

 

パパ育休の先にあるかもしれない、やさしい世界

 

改めて、ご自身の人生において育休を取ってよかった、と思うことはありますか?

 

税所: めちゃくちゃありますね。僕は育休がきっかけで人生の方向が大きく変化したので。今、会社を辞めて長野県の小布施町に引っ越し、役所で環境政策の仕事を週2〜3日やって、あとはずっと子どもたちと遊んでるんですよ。長男が通っている「大地」という認定保育園は、親も仕事はほどほどにして子どもと一緒に遊びましょうというスタンスなんです。預けている時間は9時半〜14時半で、送り迎えも車で30分はかかる。保護者会も毎月あって朝から夕方まで。桃源郷のような大自然の中で駆け回って遊ぶ子どもたちを見ていると、働いている場合じゃないと思っちゃうんですよ(笑)。偶然の出会いだったけど、そういう価値観を求めている自分もいて、ぴったりハマった感じです。だから、今のキャリアとか暮らす環境とか、どこかもやもやを感じているのであれば、「トランジション(移行)」するいい機会になりますよ、育休は。

 

中西: 親世代で、一つの会社で大きな転機を迎えることなく家庭を顧みず仕事だけ何十年もやってきた男性が定年後に居場所をなくす、という話もよく聞きますよね。それでは虚しい。育休は仕事、家族、人生に対して、自分がどうしていきたいか、立ち止まって考えるいいチャンス。僕自身、育休を取る前と後では世界観ががらっと変わりました。仕事に活かせる具体的なスキルが身に付くというよりは、自分の心のセンサーの感度が高まり、社会を見る目が養われたなと。

 

成川: 僕も育休を経て、人生観が変わりました。自分が育休によって仕事を離れてペースを落としたことで、たとえば、児童・生徒の中に発達が遅れている子や学校に来られない子がいたとしても、無理に周囲のペースに引き込もうとせず、彼らのペースを大事にしたいと思えるようになった。同じ職場で働く人たちに対しても、子育てや家庭の事情があって早退する際に、「あとは任せてください!」と快く送り出せるようになった。自分も助けてもらうこともあるし、お互いさまだと思えるようになったのは、大きな価値観の変化だなと思います。

 

育児はままならなさを経験する機会にもなりますもんね。みなさんのお話を聞いて、男性の育休取得が増えたら、“マッチョな世界”が少しだけやさしくなりそうな気もしました。

 

中西: 育児だけでなく、介護や心の病気を抱えながら働く人たちもいます。そういう目には見えにくい背景にも想いを馳せるようになりましたね。

 

成川: 男性が育休を取得することはパートナーのキャリアを守っていくことにもつながります。女性が出産育児を機に正規雇用をはずれ、復帰が難しい現状もある。娘が生まれて、日本のジェンダーギャップも気になるようになって、このままの世界を残したくないと強く思うようになりました。妻と娘に、あらゆる人にやさしい世界をつくっていくためにも、男性の育休は必要不可欠だと思います。

 

税所: 子どもが生まれる男性には、だまされたと思ってとにかく1年育休を取ってみてください、と僕は言いたい。1年取得しておいて、自分が常にいなくても育児は大丈夫だと思ったら期間を短くしてもいいと思いますし。先月、息子ふたりを連れて車で地方を旅したんですが、忙しいキャリアを送ってきた先輩がしみじみ「自分は子どもとこういう時間の使い方をしてこなかったなあ」とつぶやいていて。僕の周りには、育休を取らずに後悔している人はいても、育休を取って後悔している人はいません。教育者である藤原和博さんが「人生、40歳で成人くらいがちょうどいい」とおっしゃっていて、本当にそうだなあと。40歳くらいまでは子どもと一緒に思いっきり遊んで、そこから仕事をがんばっても30年は働ける。そういう人生の尺度があってもいい。僕は今、そういう世界を生きています。

text by 徳 瑠里香


*パパ育休についてより詳しく書かれた、税所篤快さん著『僕、育休いただきたいっす!』(こぶな書店)、成川献太さん著『なぜパパは10日間の育休が取れないのか?』(goodbook)、好評発売中です。

 

税所 篤快さん

 

1989年東京都足立区出身。早稲田大学教育学部卒。英ロンドン大学教育研究所(IOE)準修士。19歳でバングラデシュへ。同国初の映像教育である e-Educationを創業し、最貧村から国内最高峰ダッカ大学に10年連続で合格者を輩出。同モデルは米国・世界銀行のイノベーション・コンペティションで最優秀賞を受賞し、「五大陸のドラゴン桜」と銘打って14ヵ国で活動。未承認国家ソマリランドでは暗殺予告を受けながらも、教育と起業家を育成する「日本ソマリランド大学院」を米倉誠一郎氏と創設。本書執筆当時はリクルートマーケティングパートナーズ(現リクルート)に勤務。2021年夏からは長野県小布施町に移住、新たな事業に取り組んでいる。著書に『前へ!前へ!前へ!』(木楽舎)、『未来の学校のつくりかた』(教育開発研究所)等。2011年度シチズン・オブ・ザ・イヤー受賞。2016年にはアメリカの経済誌「Forbes」のアジアを牽引する若手リーダー「Forbes 30 under30 Asia」に選出。

 

成川献太さん


1986年愛媛県松山市出身。愛媛大学大学院教育学研究科卒。中学校の教員を経て、マレーシアのクアラルンプール日本人学校で教員。その後、カンボジアのベンチャー企業へ転職。結婚を機に帰国し、現在は小学校の教員。3人目の子どものときに1年間の育休を取得。

 

中西信介さん

1987年埼玉県本庄市出身。早稲田大学政治経済学部卒。国家公務員として農林水産省に入省後、4カ月で退職。1年間、豆腐の移動販売のアルバイトを経験し、再び国家公務員に。2014年「まちの保育園・こども園」を運営するナチュラルスマイルジャパン入社。こどもを真ん中に、保護者や園、地域をつなぐコミュニティコーディネーターとして働きながら、保育士資格を取得。第1子の時に1年間の育休を取得し、復帰後は時短勤務で働きながら保育園・こども園の運営補佐を行う。ライフワークでは、地域と学びをかけ合わせたコミュニティBeYondLaboを共同運営している他、自治体のプレパパ/プレママ教室などの企画・運営を行っている。

 

税所 篤快さん/成川献太さん/中西信介さん

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