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柿の木便り
一人ひとりの弱さと感情に光を当てて、寄り添い合って進む
心とカラダ、仕事と暮らし、社会と自分。今を生きるあの人は、なにを軸にして、どんなやり方で“バランス”を保っているのだろう。気になる女性に「わたしのバランス」について聞く連載。
今回お話を聞いたのは、人の持つ可能性が広がる瞬間を捉え、伝えていくメディア「soar(ソアー)」の編集長で、NPO法人soarの代表理事の工藤瑞穂さん。
soarは、障害や病気、貧困や格差など、さまざまな困難とともにありながらも、希望を見出し、自分らしく生きている人々の「回復の物語」を伝えることで、同じような困難に出会った人たちにとっての「情報のセーフティネット」を築いています。
仕事の習慣の中で、弱さを共有してつながる
生きていれば元気なときも落ち込むときもある。そんな心とカラダの揺らぎに目を向けて、弱さを見せて、頼ってみてもいいのかもしれない。soarに触れる中で、そんなふうにどこか張り詰めていた心がやわらかく放たれた経験があります。どうしてだろう。その理由は“soarのあり方”そのものにありました。
soarをかたちづくる考え方のひとつに「弱さの共有」があります。
「soarは私と夫と、共感してくれる友人たちと2015年の暮れに始めたんですが、2017年に法人化して初めていわゆる採用活動を始めて。そこから関わるメンバーが増えていきました。soarのメンバーは、様々な課題観や願いを持ってsoarで活動してくれているのですが、自身が何かしらの当事者だったり、過去につらい経験をしていたり、心が繊細でやさしい、違和感に敏感な人も多くいます。やわらかな心のままでゆっくり自分と付き合っていってほしい。そう思ったときに組織として、心とカラダの不調を共有し合って、互いに寄り添い合う関係性を築いていけたらいいんじゃないかと思ったんですね。そこで参考にしたのが『ベてるの家』です」
「べてるの家」は、北海道浦河町に生まれた統合失調症など精神疾患のある当事者の活動拠点。1984年から、当事者が共同生活をして、会社を興し、昆布の袋詰めやカフェの運営など事業を行なっています。そこで大事にされている理念のひとつが「弱さを絆に」すること(べてるの家については、書籍やsoarの記事で詳しく知ることができます)。
「べてるの家のあり方にものすごく影響を受けて。彼らはこれまでの苦労、幻聴や幻覚などの症状をみんなに共有して、弱さを絆にしています。北海道の福祉法人で大切にされていることを、東京のベンチャー気質もあるNPOで応用してみたらどうなるんだろう?と思ったんですね」
「弱さを共有する」といっても、自分の弱さを認めて人に伝えることにはハードルがあるように思います。
「やっぱり最初は、それまで生きてきた社会の中で積み上げられてきたものがあって、自分の話をすることに慣れてないし、聞いてもらえると思ってない人が多いんですね。だから、習慣として日々の仕事の中で意識を変えていこうと。
具体的には、Slack(チャットツール)に“チェックインチャンネル”があって、メンバーは毎朝、その日の体調や気分を投稿するんです。自分の体調を観察して、自分の言葉でみんなに共有して、他の人の状況を知る。毎日繰り返すことで、不調に気づき伝えやすくなっていきます」
「あと私たちは、仕事全体の2割くらいは対話をしていますね。会議のときは、1時間あるうち30分くらいはチェックインとして、今日あったこととか議題に関係ないことを一人ずつ話します。自由な雑談になると、どうしてもその場で力を持った人など特定の人ばかりが話すことになるので、誰もが平等に話せるように、順番に回していくんです。会議中も、その日に入ったインターンであっても全員に意見を聞くようにしていて。
そういうことを繰り返していくうちに、自分の言葉と存在が、プロジェクトに影響を及ぼしたり、誰かの気づきになったり、意味があるものなんだって少しずつ自信を取り戻していく。そのうえで、自分に不調があったときは弱さを見せていいと思えるようになる。頼ったり頼られたりすることが順番に巡ってくることもわかるようになる。そうなるまでには、1年以上の長い時間がかかりますね」
「今が最速」と思いながら、未来への漠然とした希望を捨てない
自分の弱さを見せることは同時に、相手の弱さを受け止めることでもあります。弱さを共有し合う中で仕事が滞ってしまったり、問題が発生してしまったりすることもあるはず。soarで瑞穂さんは、メンバーの弱さをどう受け止め、仕事の成果とどう向き合っているのでしょうか。
「前述したべてるの家を表すものとして“順調に問題だらけ”という言葉があるんです。『いい苦労してますねー』って、その人に悩む力を取り戻す。人も物事も思い通りにはいかない。自分が一緒に働きたいと思うメンバーと仕事をしているので、その中で発生する問題や苦労は進んで受け止めようって思っています」
そのコツは、人間関係も仕事の成果も「長い目」で見ること。
「心身の不調でお休みするメンバーもいるんですが、彼らの人生のどのタイミングでどれくらいの距離感で付き合っていくのがいいかは常に変わるので、長い目で見て、今は“お大事にね”って気持ちでいます。
仕事の成果も、本当はこの期限までにやるつもりだったのにとスピードに固執すると、そこから降りた人に怒りや憎しみを感じてしまう。それは嫌なので、“予定通りに行ったときにあるはずだった未来”は手放して、“今”が一番最速だと考えるようにしていて。
期限を守るためだけに動くと、無理をさせてしまいその結果一緒に働けなくなったり、自分たちの納得がいかないものができたりしちゃう。長い時間軸で見たら、相手の弱さを受け止めることは、結果的に近道になるんじゃないかって思ってます。
楽天的かもしれませんが、たとえ今結果が出ていなかったとしても、来年のsoarはすごい!って未来に思いを馳せる。具体的な数値目標だけだと差分が測れるようになって心が折れるかもしれないので、ある意味“能天気”に、未来に漠然とした希望を持っています」
好きなものに素直になって、嫌いなものに敏感でいる
soarのワークショップに参加したりメンバーと接したりすると、アイドルや動物など自分が夢中になっている「好きなもの」をいきいきと語る姿に遭遇します。soarでは新しいメンバーを迎えたときなどに「偏愛マップ」と「ペインマップ」を書き出して、共有するワークを行うそう。組織の中で、その人の「弱さ」と同時に「好き」と「嫌い」も大事にして、伝え合っているのです。
「昔、ゲイである友人が『カミングアウトしてなかった学生時代、好きな人の話を友人とできないことが一番つらかった』と話してて、好きなものを堂々と好きだと言えるのは、人権に関わるほど大事なことだと思ったんですね。
私は好きなものについて語ると体内の細胞が活性化するような感覚があるんですけど、その自分の高まりと一緒に場も活性化するので、積極的に聞いて話してもらいます。嫌いなものも合わせて聞くと、その人が大事にしているものがわかってくるんですよ」
好きなものに素直になって、嫌なことに敏感になる。これはsoarを立ち上げた当初から意識し続けてきたことでもあると言います。
「soarは広告収入等ではなく、読者のみなさんからの寄付で運営しているんですが、“お金を払えば書いてもらえるメディア”になると自分たちが納得できないことをやらないといけなくなることもあるかもしれない。自分たちが価値を感じることややりたいことの純度を落とさないために、自主事業を中心に、とにかく独立性にこだわってきました。
それに、soarの仕事自体が、自分の好きなものや好奇心を持って学びたいと思っていることを探求して発信していくものなので。誰か一人が可能性を信じていたり、悩んだりしていることは、10万人、100万人と、同じように感じている人がいるはず。一人の中にある強い感情は、誰にも理解されないものではないんですよね。だから、メンバー一人ひとりの好きや嫌い、感情を大事にしています」
すこやかな組織であるために、適切な専門家を頼る
組織内で一人ひとりの弱さや感情に光を当てているsoar。その中で起きる苦労や問題を長い目で受け止めながらも、自分たちですべてを解決しようとせず、積極的に外部の専門家に頼っていると言います。
「組織内での課題を自分たちだけで抱えようとするとどうしても行き詰ってしまいます。専門家に仕事としてお願いすれば、しっかり話を聞いてくれて守秘義務も守られ、解決の糸口をくれる。個人としても、組織としても、適切な専門家に頼ることが大事だと思っています」
以前はメンタルヘルスの勉強会を開催したり、産業医の制度を設けていましたが、現在は組織全体のメンタルヘルスに関する知識が向上してきたため、メンバーが適切なタイミングで専門家を頼れるよう制度を整えているそうです。
「月20時間以上勤務するメンバーは、福利厚生として定期的にコーチングやカウンセリングも受けられます。心的負荷がかかるであろう業務を担当した場合にも、ストレスが残らないよう、そういった機会を設けることも多いです。社内外でワークショップを企画する際に組織開発系のファシリテーターの力を借りることもありますね」
soarではほかにも、べてるの家で始まった、困りごとを仲間と一緒に解決する「当事者研究」をはじめとしたワークショップや各分野の専門家を招いた勉強会も開催しています。 組織としても、自分たちの弱さを共有し、頼れるプロフェッショナルに頼っていく。いざというときもそうでないときも、普段からゆるやかに外部とつながったセーフティネットが築かれているように思います。
生きるエネルギーを仕事でもらわず、しっかり休んで養う
仕事を通じて社会に働きかけて成果を出していくためには、時間も体力も精神も、あらゆるエネルギーを仕事に注がなくちゃいけない。心のどこかにそんな強迫観念のようなものがあって休むことをためらってしまうことがあります。
でも、soarには決まった就業時間はなく、瑞穂さんもメンバーも週40時間を超えて働くことはほとんどありません。代表である瑞穂さんは、ストレスや疲れがたまったときは、平日の昼間であってもマッサージに行ったり、休日となる土日はチームのslack上に現れなかったり、率先して休んでいるのだとか。
「代表の私が休まないとメンバーも引っ張られちゃうので、ちゃんと休むようにしています。というのも、誰かの困難や苦労に向き合いながら希望を探していくsoarのような仕事は、自分でも気づかないうちに負荷がかかっていて。どんな仕事もそうかもしれませんが、大きなエネルギーを使うんですね。その分、しっかり休んでセルフケアして回復していかないと続けられなくなってしまいます。
やりたいことに真剣に向き合うプロセスのなかには、プラスになるものだけでなくマイナスのエネルギーもあるから、私自身は、仕事だけから生きる活力を得るのは難しいんです。仕事の苦しみを仕事の喜びで補うんじゃなくて、良くも悪くも仕事で使ったエネルギーを暮らしの中で蓄えるようにしています」
そんな瑞穂さんには、心とカラダを健やかに保つために、仕事を終えてから自宅で行う“長すぎるナイトルーティーン”があります。 「料理、運動、瞑想、お風呂、マッサージ、アロマ、ハーブティー、ダンス、本、漫画、ドラマ、映画……。これらのことを毎日3〜4時間かけてだいたい同じ流れでやって、心とカラダを整えています。私はモーニング娘。さんが所属するハロー!プロジェクトのアイドルが大好きなので、疲れたときはライブ映像をずっと見ているとかなり回復します。推しがいると人生が心強い、と思っています(笑)」
soarと同様に、自分が心を傾けていることについていきいきと語ってくれた瑞穂さん。
社会に対して、組織に対して、メンバーに対して、自分に対して。soarと瑞穂さんのあり方はどの方向を向いても、芯のあるやさしい光を放っているように思います。
「“soar”は、鳥が空高く舞い上がる、気持ちが高揚するという意味合いの言葉。私たちは社会の中で一人ひとりが自分の可能性を信じて、心もカラダも健やかであれるようにと願っています。soarの事業がsoarであるためには、自分たち自身がsoarであることを大事にしたいので、組織のあり方も自分の生活もsoarでありたいと思っているんです」
soarがsoarであるために。感情に蓋をせず、弱さも見せて、寄り添い合って進んでいく。自分や相手を慈しみながら、頼り頼られる“他者との関わり”の中で保たれる瑞穂さんの「わたしのバランス」がそこにありました。
今日も、瑞穂さんを中心としたsoarは、関わる人に、社会に、張り詰めた心をそっとほぐしてくれる、やわらかな光を放っています。
(おわり)
text by 徳 瑠里香 photo by 川島彩水
工藤瑞穂さん
NPO法人soar代表理事・ウェブメディア「soar」編集長
1984年青森県生まれ。宮城教育大学卒。仙台の日本赤十字社で勤務中、東日本大震災を経験。震災後、仙台で音楽・ダンスと社会課題についての学びと対話の場を融合したチャリティーイベントを多数開催。地域の課題に楽しく取り組みながらコミュニティを形成していくため、お寺、神社、幼稚園など街にある資源を生かしながら様々なフェスティバルを地域住民とともにつくる。2015年12月より、社会的マイノリティの人々の可能性を広げる活動に焦点を当てたメディア「soar」をオープン。2017年1月に「NPO法人soar」を設立。様々なアプローチで、全ての人が自分の持つ可能性を発揮して生きていける未来づくりを目指す。