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柿の木便り
生理管理も育休も夫が自主的に。ジェンダーにとらわれず、個人として「やりたいことをやる」
女性が心もカラダも健やな日々を過ごすためには、一緒に暮らすパートナーの理解や、その良好な関係性も大きな要素のひとつ。 育ってきた環境、性格、価値観……。異なるふたりは、どうやって関係性を育んでいるの? それぞれの「パートナーシップのかたち」を紐解く、特別企画をお届けします。 最初に登場するのは、「明日 わたしは柿の木にのぼる」の代表小林味愛さんと、保育園で働く中西信介さん夫婦。お互いに転職や起業を経験し、出産後は信介さんが1年間の育休を取得。世の中の風潮やジェンダーにとらわれず、自分たちが心地よいと感じる働き方と家族のかたちを築いています。
人生にスパイスを。自分と違うから刺激があっておもしろい
ふたりが出会ったのは、お互いに国家公務員として働き始める前。内定者同士の勉強会で、信介さんが生活保護政策についてプレゼンをしたときのこと。 「明るいド派手なワンピースを着た彼女が後ろの席から立ち上がってカツカツ歩いてきて、『あなたは“最低限度の生活”をしたことあるの?!』って言うんです。学生の一般知識で教科書通りの机上の空論で語っていた僕にとって、実体験で語る彼女はあまりにインパクトが強かった。おもしろい人がいるなと、心に引っかかっていました」(信介さん) その後、気の合う内定者が集まるグループで、社会に出る前の余暇を使って、一緒に旅行をするなど頻繁に遊ぶように。 「はじめは仲の良い友だちって感じで、恋愛対象じゃなかった。でもみんなで一緒に遊んでいるうちに、気楽だなあと思うようになって」(味愛さん) 「これをもらったの」と見せてくれたのは、信介さんが渡したメッセージが書かれたふたりの写真。味愛さんは10年以上、お財布に入れて持っています。 付き合った当初から結婚を考えていたというふたり。「バーモントカレーじゃなくて、インドカレーみたいだからって言われたの」と味愛さん。信介さん、その心は?! 「そんな例えをしたかは覚えていないけど(笑)、彼女は僕の人生にスパイスを与えてくれるとは思いました。彼女の発想や行動は僕にとって想定外の連続で、自分と違うからこそおもしろいし、一緒にいて飽きないんですよね」
転職・起業は事後報告でOK。お互いの稼ぎに依存しない自由
付き合い始めて半年、社会人になってそれぞれ国家公務員としてキャリアをスタート。超がつくほど多忙な日々を送ります。 それから信介さんは農林水産省を4ヶ月で辞めて、リヤカーを引いて豆腐を売るように。その後再び試験を受けて参議院事務局へ、現在は「まちの保育園・こども園」を運営する会社で働いています。 「霞ヶ関で働いていた頃は徹夜が多くて、眠れない生活が僕には無理だった。結婚も考えていたので、働きながら幸せな家庭を築けるビジョンがまったく描けなくて。組織に染まる前に離れようと。豆腐の引き売りをしていたときは収入が激減したので、豆腐の売れ残りやパンの耳で空腹を凌いでいたこともありました(笑)。その後また国家公務員に戻ったんですが、徹夜はないもののしっくりこなくて。自分に合う仕事を探していたなかで、出会ったのが今の仕事です」(信介さん) 味愛さんは、衆議院調査局、経済産業省を経て、日本総合研究所で地域活性化のコンサルティングに従事したのち、起業。福島県国見町を拠点に、事業を展開しています。 夫婦ともに、自分の価値観に合った仕事や働き方を求めて、転職・起業を数回しているけれど、事前に相談することはほとんどなく、「事後報告」であることが多いそう。 「夫が国家公務員を辞めて豆腐屋を始めたときは、おもしろい!って思いましたね。彼の人生だから好きにすればいい。夫婦間で会社を辞めることに口を出したくなるのは、お金の心配だと思うんですが、うちは生活費は完全に折半なので。そこさえおさえていれば夫が稼いでなくても自分には関係ない。どちらかの収入が下がったとしても、見合った生活をすればいいだけですし」(味愛さん) 生活費と子どもの養育費は折半で、収入や資産はオープンにするけれど、使い方はそれぞれの自由。外食や旅行は誘った方が家族の分も支払うのがふたりのルール。レジャー費はたいていやりたいことがある味愛さんが払うことになるのだとか。 「私は家族で旅行に行きたいし、温泉にも入りたい。でもぜんぶ彼の人生においてはなくていいものなんですよね。私が家族と一緒にやりたいことなので、そこにお金を払うことに不満も異議もないです」(味愛さん)
家事も育児もそれぞれがやりたいことをやる。相手に強要しない
では、家事の分担は? 「私にとって料理は趣味に近いので、ごはんはつくります。でも洗い物は9割しない。洗濯物がたまっていても気にならない(笑)」(味愛さん) チャーシューを仕込み豚骨から出汁をとってラーメンをつくるほど料理には凝るけれど、それ以外の家事については「死なない環境であればOK!」とこだわりも関心もないという味愛さん。掃除や洗濯は自然と信介さんが担当することに。 「許容量の問題ですね。僕もマメじゃないけど、彼女が全然気にしない人なので。洗濯物がたまったら回すし、部屋が汚いと思ったら片付ける。ただそれだけのこと。やりたくないときにやれと言われるわけじゃないし、やり方や出来に一切口も出されないので、別に苦痛じゃないです」(中西さん) 育児も、それぞれが娘と一緒にやりたいことをやるという、独立したスタンス。 「僕は公園とかに出かけていくアウトドア派で、彼女は家でおやつをつくるなどインドア派。それぞれ好きなことを娘と一緒にしていて、無理矢理3人で何かをすることはないですね。同じリビングで、娘はままごとをして、彼女はテレビを観て、僕は本を読んで、みんなバラバラのことをして過ごすこともよくあります」(信介さん) 「お互いに個人でこうしたいという方針はあるけど、他人に対してはない。子育ての方針もない。自分以外の誰かに何かを強要することはないんです。たとえば習い事も、“やらせたい”はなくて、娘自身や私の“やりたい”が出発点になる。それぞれやりたいことをやっている方が家庭もハッピーだと思っています」(味愛さん)
1年育休を取ったら、世界が広がってキャリアの捉え直しができた
生後3ヶ月から1歳3ヶ月までの1年、信介さんが育休を取ったのも、自主的な選択でした。 「保育に関わる仕事をしているので、自分の子どもの成長に関わりたいという気持ちがありました。家庭においても、起業をしている妻には産休も育休もないので、自分が取った方が経済的にも合理的だし、夫婦のコミュニケーションも円滑になるだろうと。自分にとって心地のよい選択、生きやすい場所を求めていったら育休を取ることになったんです」(信介さん) 実際に1年間の育休を体験してみると、想定以上に得たものがあったと言います。 「子育て広場に頻繁に出かけていったので、地域とのつながりができました。父と娘は珍しいので、みなさんよく話しかけてくれるんです。妻の地方出張にもよくついて行ったので、家族で過ごす時間も増えたし、妻が働く姿を見て大事な仕事をしているんだなあと理解も深まりました」(信介さん) 何より、自分のキャリアを引いてみることができたのは大きな収穫だったそう。 「これは、全国の男性育休仲間ともよく話すのですが、山を登るようにキャリアを築いていかなくちゃと思っていたけれど、一旦降りてみると、そこにはたくさんの平野が広がっていた。地域や家族との関係性が育まれることで、仕事だけがすべてじゃないと思えるんです。強制的に一時停止して自分の仕事を引いてみることで、改めて自分がやりたいことを捉え直すこともできました。女性は出産妊娠を期に否が応でも立ち止まることになると思うのですが、そうした機会が少ない男性にこそ、育休を取ることをおすすめしたいです。育休を取るかどうかは、周りの影響も大きいと感じるので、職場でも地域でも、育休の話は積極的にするようにしています」(信介さん)
生理ナプキンを買うのも、アプリでの生理管理も夫が担当
「一緒に住み始めた大学時代から10年くらい、生理ナプキンを買っていたのは夫なんですよ。私の生理管理もしてくれています」と味愛さん。 女性ホルモンの影響を受けて体調や気分が揺れやすい生理や妊娠出産。男性の信介さんは決して「他人事」とは捉えていません。日用品を買うついでに生理ナプキンを買い、生理管理アプリ「ルナルナ」をダウンロードして味愛さんの生理日を記入。最近は「ケアミー」を導入し、生理予定日が近づくと味愛さんに通知が行く設定になっているのだとか。 ※ケアミーについては、開発者の吉川さんの記事参照 「私がイライラしたり肌が荒れてきたりすると、『もうすぐ生理だからね』って言ってくれるんです。『今月は遅れていますね』『早いですね』って。自分のことを客観的に見ることは難しいから、相談できてありがたいです」(味愛さん) 信介さんは特に抵抗はないのでしょうか。 「当初はあったのかもしれませんが、覚えてないです(笑)。妻の生理日を知っていると、気分や体調の浮き沈みがわかるので、僕にとってもいいことがあるんですよ。ちなみに最近は月経カップになったので生理ナプキンを買う機会はなくなりました」 そう語る信介さんは、妊娠中の検診にもすべて付き添っていたそう。 「純粋な興味ですね。エコーで赤ちゃんの成長を見るのも、産婦人科医の話を聞くのも楽しかった。報告を受けなくても、娘の状態や妻の体調がわかるので、日常生活の中で自分が何をすればいいのかもわかりますし」(信介さん) 「妊娠出産って初めてのことで女性だってわからないことばっかりじゃないですか。検診が終わったあとに母子手帳に記入していたのも、出産の入院セットも用意したのも夫。同じ目線で、いや、私以上に知識と意欲を持ってくれていたので助かりました」(味愛さん) どうしても女性に負担が偏りがちな妊娠出産、家事育児。信介さんに感じるのは、“やらされている”のでもなく、“手伝っている”のでもなく、“やりたいからやっている”という姿勢。 「妻は家事も育児も僕がやりたいことや得意なことは、基本的に任せた!というスタンスで、やれば『ありがとう』と言ってくれる。だから僕もやりやすいし、楽しめるんです。お互いにお互いをジャッジしないのがいいのかもしれないですね」(信介さん) 男だから、女だから。ジェンダー的な固定観念にしばられることなく、「個人」として得意なことや興味のあることに取り組み、相手を尊重する。どこまでもフラットな視点と自主的な姿勢が貫かれている味愛さんと信介さんのパートナーシップ。お互いに相手への過度な期待や評価をせず、自分を起点に行動しているからこそ成り立つ、健やかなふたりの関係性が垣間見られました。
text by 徳 瑠里香 photo by 稲葉 匠
小林味愛さん/中西信介さん
【小林味愛さん】
国家公務員として衆議院調査局、経済産業省などで勤務後、日本総合研究所に転職。地域活性化、地方創生への関心を高める。東日本大震災の経験がきっかけになり、福島県国見町を拠点に「陽と人(ひとびと)」を起業。地域の農産物の価値を広く伝える事業などに取り組む。
【中西信介さん】
国家公務員として農林水産省に入省後、4カ月で退職。1年間、豆腐の移動販売のアルバイトを経験し、再び国家公務員に。2014年「まちの保育園・こども園」を運営するナチュラルスマイルジャパン入社。こどもを真ん中に、保護者や園、地域をつなぐコミュニティコーディネーターとして働きながら、保育士資格を取得。現在は、各園の運営補佐を行う。