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柿の木便り
“五感を開いて生きる喜び”を感じられるように。古来アーユルヴェーダの知恵を洗練して現代に届けていく
心とカラダ、仕事と暮らし、社会と自分。今を生きるあの人は、なにを軸にして、どんなやり方で“バランス”を保っているのだろう。気になる女性に「わたしのバランス」について聞く連載。 今回お話を聞いたのは、心・体・魂が「満ちる喜び」を味わう新しい食卓の提案をする「Ojas Table(オージャス・テーブル)」をプロデュースする鈴木恵美子さん。 Ojas Tableでは、自然放牧の純国産の万能オイル「満月のGHEE」をはじめ、アーユルヴェーダの知恵を日常に取り入れ、呼吸と消化から健やかに生きるための体験を届けています。
(Ojas Tableのフラッグシッププロダクト 「満月のGHEE」 写真提供:Ojas Table (C) Haruna Oku )
自分の“人生”にまるごとアプローチする、アーユルヴェーダの知恵
すうっと伸びた背筋、「ほとんどメイクはしない」というのに瑞々しい肌。恵美子さんとお会いすると、内側からエネルギーが満ち満ちているような美しさを感じます。まさに、ブランドに掲げる「Ojas(オージャス)─生命力、活力の源、心身が健康な人に見られる内側からあふれる輝き」を恵美子さん自身がそのまま体現しているよう。 「オージャスはサンスクリット語で、活力源、生命エネルギーという意味を持ち、アーユルヴェーダではとても重要な“物質”と考えられています。オージャスには2種類あり、心臓に宿っているといわれます。一つは、母から母体の中で与えられ、生命を支えるもの。もう一つは、生活習慣などで増えたり減ったりを繰り返すものです。オージャスが満ちると、心と体がしなやかで丈夫に、活力が湧いて、自分や周りの存在を肯定できるようになる。オージャスが不足すると、疲れやすく、免疫力が下がり心が落ち込みやすくなる、と。目には見えない物質ですが、オージャスは行動によって増やすことができるんですね。……っていきなりこんな話をして大丈夫ですか?」
言葉を選んで説明しつつ、そう付け加えてしなやかに笑う。けれど、目の前で健やかな輝きを放つ恵美子さんが言うと、なんだかとても説得力がある。そもそもアーユルヴェーダとは?
「5000年以上の歴史を持つ、インド発祥の伝承医学で、生命科学という意味を持った体系的な学問です。インドでは、日本の西洋医学と同じように、医者としての資格があり、大学や病院もあって。日本の現代医学と違うのは、扱っているのが“人生”なんです。より健康に幸せに、人生を豊かにするための学問。不調が現れたところを部分的に診察して病名と治療法を決めるのではなく、オーダーメイドで、心と体、行動や環境もぜんぶ含めた全体としての調和を整えていく。その人の生まれ持った性質や、過去や家族のこと、今の悩みにもアプローチするんですね。不調を癒す側面もありますが、不調が現れる前に健康を維持する予防医学の側面が大きいです」 恵美子さんは、インド最高峰のアーユルヴェーダの大学の日本の提携校で学びを深め、アーユルヴェーダに基づき呼吸を整え消化を促す、パーソナルライフスタイルカウンセリングも行っています。
10代の病気と産後の衰弱。自分の体に起きていることを知りたい
恵美子さんがアーユルヴェーダの知恵を日常の生活の中に取り入れるようになったきっかけは、出産を期に大きく体調を崩したことでした。 「もともと結婚をするまでの7年間、カナダのバンクーバーで、スパセラピストやヨガのインストラクターをしていたんです。その間、タイに伝承医学を学びに行ったこともありました。なので、アーユルヴェーダには触れていたんですが、自分の生活に落とし込むことはしていなくて。でも産後、体がボロボロになって、命の危険を感じるほどどん底で……」 遡って15歳のとき、恵美子さんは指定難病である潰瘍性大腸炎を発症。食事療法やステロイド剤の投薬治療をしていたものの病状が悪化し、半年間の入院を経て20歳で大腸を全摘出しています。その後、病気が発症することはなかったけれど、出産時の緊急帝王切開手術によって腸閉塞になってしまったのです。 「生後4ヶ月の息子と離れて入院をして、1ヶ月くらいなぜかブドウ糖の点滴のみで過ごしていたので栄養不足で青ざめてどんどん痩せていって……。なのに母乳をあげていた胸は熱を帯びている。毎日のように泣いていました。なんでこうなっちゃったんだろう。息子と一緒に生きたい。うまく働かない頭でそんなことをぐるぐると考えていたとき、直感的にアーユルヴェーダのことが浮かんで。無事に戻れたら、学びたい!と強く思ったんですね」 転院して卵巣に癒着していた小腸を切る手術をした恵美子さんは、無事に退院。とはいえ、大腸に続き小腸にメスを入れ、消化機能が弱った状態で食事もままならず、母乳育児に睡眠不足。少し想像しただけでも目眩がするけれど、そのしんどさは想像以上のものでしょう。 「息子の抱っこもままならないほど、ほんとうに体は衰弱しきってましたね。なので藁をもすがる思いでアーユルヴェーダを学び始めました。局所的な治療にずっと腑に落ちないものがあって。病名に紐づく手術や投薬治療以外に、自分の体に起きていることや対処法を知りたかった。 アーユルヴェーダを取り入れているクリニックに通って出された処方を試してみたら、ぎりぎりのところでぴーんって張り詰めていた精神と体の緊張がぷわ〜ってゆるまっていって驚いて。これだ!って確信して学校に通い始めました。古典書を読んで知れば知るほど、目から鱗が落ちて、これまで自分の体に起きてきたことに合点がいったんです」
母牛が幸せに暮らせる牧草地から。自分が心からほしかった「満月のGHEE」をつくる
こうして恵美子さんはアーユルヴェーダの知恵を生活に取り入れ、胃腸の機能を整え、自分の心と体を少しずつ取り戻していきました。GHEEもアーユルヴェーダの処方のひとつ。 「GHEEは、バターから乳たんぱくと水分を極限まで取り除いた、さまざまな効果を持つ万能オイルで、アーユルヴェーダでは日常の食事から病気の治療まで、幅広く使われています。カナダではスーパーに売っていたので使っていたんですが、日本には普及してなくて、自分がほしいと思える納得のいくものがなくて。ある日、母乳育児でふらふらになりながら、良質なバターを40分くらい煮込んでGHEEをつくっていたら、夫が言ったんです。『ほしいものがないなら自分でつくっちゃえば?』って。『だからつくってるじゃん!』って返したら『そうじゃなくて……』と。『え?あなた、まさか……』。心の奥底でやりたいと思っていたことだったので、夫の一言に後押しされて、自分が心からほしいGHEEを商品としてつくることにしました」 自分がやりたいと思ったことには一直線で突っ走り、納得がいくまでとことんこだわるという恵美子さん。パートナーとふたりでのGHEEづくりは、なんと、牧場探しから始まりました。 「母乳育児をしていたせいか、母牛と共鳴しちゃって(笑)、個性がなく均一的に並ぶスーパーの牛乳売り場に立ちすくむことがよくあったんです。どうしてこんなに安いんだろう? 母牛たちは幸せなのだろうか?って。私たちがつくるGHEEの原料を与えてくれる母牛は幸せであってほしい。遺伝子組み換えでない飼料で、抗生物質は与えず、できれば放牧で牧草を食べて自由に育つ母牛を探したんですが、日本の酪農の厳しい現状もあって、なかなか見つかりませんでした。ご縁があって、岡山県真庭市で、お寺の敷地内に放牧地をつくっていいと言ってくださる方と放牧をやってみたいという酪農家さんと出会い、牧草地をつくり牛を育てることから始めて。何度も試作して3年の月日をかけて『満月のGHEE』ができました」
(「満月のGHEE」に生乳をくれる母牛と酪農家さん 写真提供:Ojas Table)
放牧地で牛を育てるところから(!)、原料にも製法にも味にもデザインにもこだわり抜いて理想をかたちにした満月のGHEE。普段の料理を美味しくするオイルとして、白湯に溶かして胃を休めて、そのまま食べて喉を潤して……日常のあらゆるシーンに寄り添ってくれる万能オイルです。Ojas Tableでは、満月のGHEEのほかにも、滋養を高めるお粥をつくる「キチャリキット」を販売。現在、そのほかのプロダクトも開発中なのだそう。 「アーユルヴェーダって、かつての私もそうだったんですが、日本ではまだ、宗教?とか、土臭いイメージがあると思うんです。Ojas Tableでは、洗練されたプロダクトを通してアーユルヴェーディックな知恵をわくわくするものとして日常の中に取り入れ、心と体を健やかに、日々の暮らしを豊かにしてもらえたらいいなって思っています。まだまだ伝えたいことがたくさん、あるんですよね」
規則正しい睡眠と食事がブレても戻ってこられる「自分の軸」を育む
恵美子さんはどのようにして、アーユルヴェーダを日々の暮らしの中で実践しているのでしょうか。
「一番基本的なところは、早寝早起きと規則正しい食事。朝は陽が昇る前、5時過ぎに起きて夜は21時頃には眠りにつく。食事は1日3回ですが、朝起きてお腹が空いていないときは食べません。消化力が一番高いお昼は好きなものを食べて、夜は脂っこい物は控える。甘いものは好きなので、胃を休める時間を持つために間食はせず、食事の後に楽しみます。単純で当たり前のことなんですけど、日々の睡眠と食事のリズムが私の軸をつくっているんですね。産後の私は、食事もままならず睡眠不足で、軸を失い常にぐらついていた。この生活を取り戻したことがどれだけ力になったか。当たり前のことを当たり前にやるのって意外に難しかったりもしますよね。 ほかにも、満月のGHEEはオイルとして料理にも使っていますし、定期的に胃を休めるためのキチャリクレンズも行っています。瞑想をして呼吸を整えたり、香りのない太白ごま油を100度に熱して冷ましたセサミオイルでマッサージをしたり。その時々の自分の心と体をスキャニングするようにして、必要な処方を取り入れています」 たくさんの知恵と処方にあふれるアーユルヴェーダ。ちなみにデリケートゾーンのケアは、お風呂に入る前に、セサミオイルやGHEEで体と一緒にマッサージをして、5分ほど置いてから湯船につかるそう。発汗することで浸透したオイルが毒素を出し、内側から潤いを与えることができる、とのこと。
恵美子さんのまっすぐな軸は、アーユルヴェーダの知恵を活かした規則正しい日々の生活の習慣によって、着実に築かれてきたもの。 「もちろん季節や状況によって心や体に揺らぎはあるんですけど、軸があると戻ってくることができる。揺らいだときに、どう対処すればいいか、アーユルヴェーダには答えがあるので心強い味方を手に入れたよう。自分の体質や傾向もわかっているので、病名がつかない揺らぎは、ある程度自分でコントロールできるようになってきました」
五感を研ぎ澄まして、自分がわくわくするほうへ進んでいく
生活の中で培っているブレない、ブレても戻ってこれる軸があるからこそ、恵美子さんは、満月のGHEEの開発をはじめ、自分がやりたいと思ったことにまっすぐ進んでいけるのでしょう。 「心と体の状態が研ぎ澄まされていると、自分が気持ちいい、好きだなあと思うほうへ自然とチューニングされていくんです。昔から、自分がわくわくするやりたいことしかやらない、というかできない極端な性格なんですけどね。やりたくないこと、やる必要ある?って思っちゃう(笑)。 でもそれは、やっぱり10代の多感な時期に病気で長期入院をして、絶えていくいのちに何度も遭遇して、『いのちが一番大事』ってことを肌で感じたからかもしれません。人は必ずいつかは死ぬのだから、自分の心が沸くことをしよう、と。退院した日、半年ぶりに外へ出て浴びた太陽の光、体に吹く風、花の匂い……自分の五感が開いた喜びはいまでも忘れません。あのときの感覚が心と体に染み付いているからこそ、今も五感を鈍らせたくない、という気持ちが強いんでしょうね」 五感を開いて、自分を喜ばせて生きる。10代の頃の病気や産後の手術の経験から必然的かのようにアーユルヴェーダに導かれ、太古の知恵に自身の理想を重ねて最良のものをかたちにして、つくり届ける。恵美子さんの生き方とOjas Tableのあり方は、ぴったりと符号していて嘘がない。恵美子さんはその存在、生み出すプロダクトを通して、私たちにオージャス、“五感を開いて生きる喜び”を教えてくれます。 text by 徳 瑠里香 photo by 常住祐輝
鈴木恵美子さん
表参道 Spa Anniversaire Beaute De Beaute 勤務の後、カナダに移住。Absolute Spa に勤務し、 技術指導や各界著名人、スパオーナーの施術を担当。2014 年より呼吸がコンセプトのホリスティックウェルネスブランド unikuu Breathing Harmony® & Wellness をスタート。東京でコンセプトスタジオを運営、日本・カナダでリトリートやトレーニングを実施。独自の呼吸メソッド「ブリージングハーモニー®」を軸にした各種トリートメント・トレーニングを行っている。 また、世界各地の様々なヒーリングテクニックを研究する傍ら、スパや企業へ新たなホリスティックウェルネスの導入の提案や、インドのアーユルヴェーダ大学最高峰 国立グジャラートアーユルヴェーダ大学提携校 日本アーユルヴェーダスクールで学びを深め、より健康に幸せに生きるためのライフスタイルカウンセリングを行っている。2018年、幸せの循環をコンセプトに純国産生乳100%グラスフェッド発酵ギー「満月のGHEE」を開始。2020年マインドフルな食の体験と、心・体・魂が「満ちる喜び」を味わうウェルネスブランド “Ojas Table” を設立。