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柿の木便り

出産に100%安全はない。帝王切開、会陰切開……医療介入の必要性とは?

わたしたちが「知らなかった!」「知りたかった!」ことを学びながらまとめた小冊子『はたらく女性の心と身体FACTBOOK 〜未来のわたしに、今のわたしができること〜』。紙面で展開した内容を深掘りしていく第3弾のテーマは、「出産」。

前回に続き、産婦人科医で医学博士、広尾レディース院長の宗田聡先生に、帝王切開、会陰切開……お産における医療介入にまつわるFACTをうかがいます。

  

妊娠出産に伴う自分のリスクを知ることがスタートライン

−今回、「はたらく女性の心と身体FACTBOOK」を作成する中で、生理も妊娠出産も経験はしているけれど、個人的なものでしかないし、いろんな情報に触れる中でなんとなくの知識から培われている偏見や思い込みもあるなあ、ということにも気付かされました。

妊娠出産で言えば、多くの人が“自然派・ナチュラル”に傾く傾向があるんだけど、もちろん人によってそれが必ずしもベストな選択ではないんですね。帝王切開や会陰切開、医療介入がある種の“悪”のような捉え方をする人も中にはいるけれど、医療はリスクがある人にとっては“必要”なものなんです。

妊娠・出産は、常に100%安全なものではありません。いろいろな条件や状態によっては、予想外のことが起きる可能性もあります。経膣分娩で下から自然に産むことは、誰しもができることではないんですね。なので僕らはまず、初期の妊婦検診から、ご自身の妊娠出産に伴うリスクを知ってもらうことから始めています。

具体的には、妊娠が判明した初期段階でチェックしてもらう全18問の『初期 妊娠リスクスコア』の点数で、リスク度の自己認識をしてもらいます。

[初期 妊娠リスクスコア(質問例)] ※全18問の詳細はこちら 。 この表から出された合計点数が4点以上だとハイリスク妊婦になるわけですが、たとえば40歳以上であれば5点、体重が80kg以上であれば2点、気管支喘息があれば2点、巨大な子宮筋腫があれば2点、体外受精の妊娠であれば2点……と加算されリスクが高まっていくわけです。40歳以上だから必ずしも危険なわけではなく、トラブルなく自然に産める方も中にはいますが、それは極めて個人的な結果であり、統計的にはリスクが高いことがわかっています。 このスコアはあくまで目安にはなりますが、ご自身のリスクを知った上で、主治医と相談しながら、妊娠中の健康管理を行い、ご自身にあった適切な分娩施設を検討して選んでいきましょう。

  

医療介入によって、母子の安全性が高い水準で確保されている日本のお産

−つい、自分は大丈夫だろうと安全であることの前提に立ってしまいますが、この表を見ると自分にもリスクがあることがわかります。

みなさん、安全に生まれてくることが当たり前だと思っていて、お母さんや赤ちゃんが亡くなるなんて医療事故?なんて思うかもしれませんが、お産には常にリスクが伴います。特に今の日本は自然分娩が主流ではありますが、周産期死亡率、妊産婦死亡率、新生児死亡率が圧倒的に低く、世界一赤ちゃんが安全に生まれてくる国です。なので、余計にその感覚がないかもしれません。

産科医療も発展を遂げていて、僕が産婦人科医になったばかりの30年ほど前は、当時の先輩が「昔はね、“1人目は道をつくる子”といって、お産の最中に1人目の赤ちゃんが亡くなってもお母さんの産道ができれば、2人目以降は生まれやすい、という考えだったんだよ」と言っていました。たしかに、当時流れていた昔のドラマでも末っ子のお産のときに母親が亡くなってしまうというという設定がお茶の間で共有されていましたから。つまり、出産で赤ちゃんやお母さんが亡くなることが珍しくなかったんです。
 
  
(出所)厚生労働省『全国人口動態調査』を基に作成 ※周産期死亡率=(妊娠満 22週以後の死産数+早期新生児(生後7日未満)死亡数)÷(出生数+妊娠満 22週以後の死産数)×1,000  乳児死亡率=乳児(生後1年未満)死亡数÷出生数×1,000   妊産婦死亡率=妊産婦(妊娠中又は妊娠終了後満42日未満)死亡数÷出産数×100,000
−今も昔もお産は命がけでリスクが伴うことに変わりはないけれど、日本の医療の進歩と努力によって高い水準で安全性が守られているわけですね。 そうです。助産院などで医療介入をしない“自然なお産”を打ち出しているところは、リスクがある妊産婦さんの受け入れは基本的にしていないし、お産の際中にリスクが生じた場合は、「周産期医療」といって、連携している医療体制が整った病院に搬送しています。そうした医療体制によって、日本は国際比較をしても圧倒的に低い乳幼児と妊産婦の死亡率を誇り、母子の安全性が確保されているのです。国によっては、まだまだお産が若い女性の死亡の第一の原因となっているところも珍しくないんです。
   (出所)国際連合『Population and Vital Statistics Report』、ユニセフ『世界子供白書』を基に作成  ※乳児死亡率は出生数千対(2019,2020年)、妊産婦死亡率は出産(出生+死産)10万対の数値(2017年)

  

複数回帝王切開をすることによるリスクとは?

−そうすると、帝王切開や会陰切開も医療介入によって母子の安全を確保するために必要なこと、ということでしょうか。

そうですね。リスクを回避して安全性を確保するために、予防として選択することが多いです。ただ、本来必要ではない人にまで、ルーチンでやりすぎてしまうことには注意が必要です。

まず帝王切開ですが、30年ほど前はよっぽどのことがない限り、選択することはありませんでした。でも今の日本では、年間約20万人、妊婦さんの5人に1人が帝王切開 で出産しています。より安全性を重視するようになったことに加え、医療が発展し手術の技術が確立されたこともあり、出生数は減少しているのに、帝王切開の実施件数は過去20年で2倍に増えています。

   (出所)厚生労働省『平成29年(2017)医療施設(静態・動態)調査・病院報告』を基に作成   ※9月1ヶ月分のデータを基に帝王切開率を算出し、出生数から帝王切開数を割り出している
   逆子や双子、以前に帝王切開を受けた場合にも、予定帝王切開が選択されることが多いんですが、良し悪しではないけれど、帝王切開にもリスクがあります。産後の母体の回復は経膣分娩よりも帝王切開のほうが時間がかかりますし、麻酔の影響で髄液がもれて術後に頭痛がしたり、傷口がずきずきと痛んだり、赤くやわらかい結合組織が盛り上がって痒くなったり、なんらかの後遺症が出る場合もあります。 たとえばアメリカでは、1990年代から帝王切開での出産が増えた結果、出産から10年、20年後に病気になって手術が必要になったときに問題が出てきました。つまり何度もお腹を切っていると、お腹の中で腸や子宮の周りが癒着して手術がやりにくくなりリスクが高まるんです。手術の回数は少なければ少ないほうがいい。なんでもかんでも帝王切開をやりすぎるのはよくないということで、アメリカでは2000年代になってから、帝王切開をした人の2回目のお産において、条件を満たしていれば経膣分娩にトライアルするようになっています。
−へえ。私は第一子が逆子だったので予定帝王切開で出産をしましたが、20年後のリスクまでは考えられていなかったです。お腹を開いた結果、子宮破裂の可能性がある要因があったのでよい選択ではあったのですが。 同じ逆子でも抱えるリスクはそれぞれなので一概には言えないんですが、昔は逆子も下から産んでいました。 特に、1人目が帝王切開だった場合に、2人目も帝王切開で産む、ということを本来はルーチンでやるべきではないと思うんですね。お腹を切れば切るほど、将来のご自身の健康に影響が出てくる可能性がありますから。また、複数回の帝王切開は、子宮摘出や母体合併症、その後の妊娠の前置胎盤や癒着胎盤の発生率を増加させるという検証結果もあります。 帝王切開をしたのちに経膣分娩をした場合の子宮破裂の確率は0.2〜0.7%と報告されていて、今の日本ではこのリスクを避けるために帝王切開をするわけです。100人に1人もいないこのリスクをどう捉えるか、なんですね。『産婦人科診療ガイドライン-産科編2020』では、妊産婦が希望した場合、一定の条件を満たした場合に同意を得て、1回の帝王切開の後の出産を経膣分娩で行うことを認めていて、まだ少ないですが実際にトライアルしている病院もあります。

  

会陰がずたずたに裂けるのを予防するための会陰切開。ルーチンではなく必要時のみに。

  
−会陰切開はどういうリスクから行われてきた経緯があるのでしょうか?
昔の出産では会陰切開をすることが一般的ではなかったのですが、「会陰裂傷」と言って赤ちゃんが出てくる際に会陰がずたずたに裂けてしまうことがよくあったんです。ひどい場合は直腸と膣が裂けてつながっちゃう。あちこち裂けているから縫合するのも大変で、傷口から菌が入って感染しちゃうこともありました。 そうした経緯から、会陰裂傷を予防するためにあらかじめハサミを入れて会陰を切る処置としての会陰切開が行われるようになったんです。最初から切っておけば、力は切開されたところに逃げるので、あちこち裂けることなく縫合も切開した部分だけなのでやりやすいし、大きな損傷になることも少ない。それで、自然分娩の多くでルーチンのように会陰切開が行われていた時期がありました。 近年は助産師や医師のガイドライン(日本医療機能評価機構「Minds ガイドライン」Journal of Japan Academy of Midwifery)でも、正常な経膣分娩においてルーチンで会陰切開をすべきではない、と明言されています。いまは多くの病院でルーチンではなく、会陰裂傷を避けるために必要な措置として、ケースバイケースで会陰切開が行われています。   
−なるほど。お産における医療介入も試行錯誤してきた歴史があるのですね。ちなみに会陰切開をする場合、その傷の重症化を予防するためにできることはあるのでしょうか? 縫合が必要な会陰裂傷や会陰切開を予防する可能性がある方法の一つに、会陰マッサージがあります。海外の研究では、初産婦が妊娠34週以降に会陰マッサージを実施したことで縫合が必要な会陰裂傷や会陰切開のリスクが減り、経産婦ではリスクは減少しなかったものの産後3ヶ月後の会陰の痛みが少なかったことを報告しています。ただ、頻度や方法における検証結果にはばらつきがあって、現時点では、効果は期待できるが確実とは言えないんです。さらなる研究が求められていますね。とはいえ、予防できる可能性はあるので、やらないよりはやったほうがいいでしょう。効果が得られる頻度は、週に2回〜3回ほどとされていて、毎日やる必要はありません。 −そうなんですね。出産においては、ふんわり漂う世の中の風潮や偏見があるかもしれない自分のこだわりにとらわれすぎずに、「100%安全ではない」という前提に立ち、個別のリスクを知った上で、リテラシーを高めて選択をしてくことが大切だ、ということを改めて学びました。
text by 徳 瑠里香 illustration by 遠藤光太

宗田聡先生
医学博士

広尾レディース院長、茨城県立医療大学客員教授、東京慈恵会医科大学産婦人科非常勤講師。日本産科婦人科学会専門医、臨床遺伝専門医・指導医、産業医、アメリカ人類遺伝学会(ACMG)上級会員(Fellow)。日英論文多数、専門書(翻訳)執筆にも定評があり、一般誌やWEBなどで女性の健康に関する記事を多数執筆。著書には、『産後ママの心と体をケアする本』『産後うつ病ガイドブック』『これからはじめる周産期メンタルヘルス』『31歳からの子宮の教科書』など。