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柿の木便り
女性は誰しもがかかりうる「子宮頸がん」。予防するためにできること
わたしたちが「知らなかった!」「知りたかった!」ことを学びながらまとめた『女性の心と身体FACTBOOK〜未来のわたしにいまのわたしができること』。この小冊子で取り上げたテーマをさらに深堀してお伝えしていく連載、第4弾のテーマは「子宮頸がん」です。 子宮頸がんは、子宮の入り口にできるがんのことで、性交渉の際に感染するHPV(ヒトパピローマウイルス)が原因で発症します。日本では年間約1.1万人の女性が罹患し、そのうち約2,900人が亡くなっています[a]。20代から増え始め、30歳代までに治療で子宮を失う女性も年間約1,000人[b]います。 若いうちから、女性にとって身近な病気である子宮頸がん。同時に、予防できるがんでもあります。子宮頸がんとその原因となるHPVウイルスの特徴、予防するためにできることについて、産婦人科医で「みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト」代表理事の稲葉可奈子先生にお話を聞きました。
性交渉の経験がある人には誰しも感染リスクがある、ありふれたウイルス「HPV」
−改めて、子宮頸がんとその原因となるHPV(ヒトパピローマウイルス)について、教えていただけますか。 はい。子宮頸がんは、20代〜40代の患者さんが多く、若いうちに、つまり妊娠・出産を迎える前に治療で子宮を失う可能性があり、さらには命を落としかねない病気なんですね。でも、HPVワクチンの接種と定期検診による予防で「がんにならずにすむ病気」でもあります。 子宮頸がんの95%以上の原因が、性交渉の際に感染するHPVです。HPVは性交渉の経験がある人は誰しもが感染しうるありふれたウイルスで、性交渉の経験が1度でもある人のおよそ8割は感染したことがあると推測されています。感染してもその9割以上が自然消滅していくんですが、運悪く、1割弱の確率で感染が続き、長期化すると細胞に異常をきたしてしまうことがあるんですね。
−HPVは性交渉で感染するけど、いわゆる「性感染症」とは違うんでしょうか? 特定のパートナーがいたとして、その人から感染したと考えられるものですか? いわゆる性感染症とは違うのです。HPVはわたしたちの身近にあるウイルスで、かつ、感染してから異常がでるまでに長い時間がかかるので、性感染症のように「誰からもらったか」は重要ではないんです。というのも、感染から発症まで5年〜14年、数十年かかる場合もあります。つまり、現在特定のパートナーがいたとしても、もっと前の性交渉で感染した可能性もあって、いつどこで感染したかは誰にもわからない。しばらく全く性交渉がなかったとしても、感染が続いている可能性もあります。
−へえ。いつ感染したのか、感染しているのかどうかもわからないまま、数年、数十年後に突然子宮頸がんになるんですか?! いきなり子宮頸がんになるわけじゃないんですよ。「前がん病変」、医療用語では「異形成」と言って、がんになる前の細胞異常があるんですね。長いスパンで、「軽度」「中等度」「高度」の3段階で進行すると、子宮頸がんを発症します。
出典:みんパピ!「HPVと子宮頸がんはどのような関係があるの?」
−先ほど「運悪く」とおっしゃっていましたが、HPV感染が長期化して、前がん病変になり、進行して子宮頸がんになるかどうかは、“運”なんですか? 感染したHPVが自然消滅するか、異形成に発展するかは“運”ですね。その分かれ道に特別な原因があるわけではないので。異形成の進行に唯一関連があるとわかっているのは喫煙です。 でも、感染する前、つまり性交渉をする前にHPVワクチンで予防し、感染したあとでも定期検診で異形成のうちに早期発見し、高度になった段階で適切な治療ができれば、子宮頸がんは防げます!
17歳以下の接種で、子宮頸がんのリスクを9割近く減少できる「HPVワクチン」の安全性
−一次予防となる「HPVワクチン」についても詳しく教えていただけますか。 HPVワクチンは「子宮頸がんワクチン」と呼ばれることが多いんですが、HPVの感染により発症する病気は子宮頸がんだけではないんです。男女それぞれ、中咽頭、陰茎、肛門、腟、外陰のがんや、性感染症である尖圭コンジローマの原因にもなります。なので、HPVワクチンを接種することで、子宮頸がん以外の病気も予防できるんですね。 ただ、子宮頸がんの罹患者が多いことから、日本では現在、そのリスクを予防するために、小6〜高1相当の女性を対象に公費でHPVワクチンの定期接種が受けられるようになっています。
−対象期間に、HPVワクチンを接種した場合の予防効果はどれくらいなんでしょう? 2020年に発表された海外の研究で、4価のHPVワクチンは子宮頸がんの発症リスクを63%下げることがわかっています。さらに、17歳未満の接種であれば、そのリスクを88%減少できることも証明されています。
−高い確率ですね。あの、「4価」というのはどういうことでしょうか? HPVにはいくつかの種類があって、ワクチンのタイプによって、カバーできる型の数が異なるんです。HPVワクチンには、2価、4価、9価の3種類があり、それぞれ2、 4、9種類のHPV型の感染を予防できます。子宮頸がんの原因として最もリスクの高い16、18型を2、4価でカバーしているため、4価より9価が9/4倍優れている、というわけではないです。16歳までに4価を接種することは十分有効です。日本の公費の定期接種では現状4価が無料で受けられます。ただし、たとえ9価であっても全種類のHPV感染を防げるわけではないので、ワクチンを打ったとしても、のちの定期検診は重要です。
−なるほど。 HPVワクチンの安全性はどうなのでしょう? また、副反応などはありますか? HPVワクチンは「危険」といったイメージがある方もいるかもしれませんが、WHOが安全なワクチンと判断していることもあり、世界中で広く接種されています。日本では2013年に、接種後の重い症状が大々的に報道されたことから、その印象が強いと思うのですが、ほかのワクチンと同等に安全であることが国内外のあらゆる研究によって証明されています。 接種した直後の痛みや腫れがHPVワクチンの一般的な副反応ですが、軽度で一時的なものです。一方で、当時報道された症状は、ワクチン接種に関係のない「有害事象」であることが多くの研究によりわかっています。ワクチンを接種するしないにかかわらず、何らかの理由でけいれんやめまいなどが起きることがあるのです。
対象年齢を超えた人や機会を逃した人、男性のHPVワクチン接種は必要?
−ちなみに、私は対象年齢の時期にまだHPVワクチンの公費接種がなかった世代なんですが、今からでも自費で接種をしたほうがいいんでしょうか? HPVワクチンが定期接種となる前の世代については、今後の感染を予防するためにはワクチン接種は有効といえます。ですので、まだこの先あらたなパートナーができる可能性がある場合は接種する意義があります。ただ自費での接種になるので、4価は合計約5万円、9価は合計約10万円ほどの費用がかかります。個々のライフスタイルと費用対効果の考え方次第になりますね。ただし、2年ごとの子宮頸がん検診はみなさん受けてくださいね。 日本でHPVワクチンは2009年に承認され、2013年から小6~高1の女の子を対象として定期接種がスタートしたんですが、副反応疑いの報道を受けて、国は「積極的推奨」を8年以上もの間差控えていました。そのため、予防接種のお知らせが長らく対象者に届いていませんでした。なので、接種の対象であることを知らずに対象年齢時に接種をしていない方が非常に多いです。接種率はずっと1%未満でしたから。 慎重に安全性を確認し、厚労省による積極的勧奨は再開されました。お知らせが届いていなかった世代への救済処置として、1997~2005年度生まれの女性を対象に2022年4月から3年間は無料でHPVワクチンの接種ができるようになりました。すでに推奨年齢を過ぎていますので、対象になる方はなるべくはやめに接種することをおすすめします。以前に1回、もしくは2回だけ接種して接種を中断してしまった人は、以前接種したのと同じ種類のHPVワクチンを、残りの回数だけ接種します。
−ちなみに、性行為で感染することを考えると、男性もワクチン接種をしたほうがいいかと思うんですが、どうなんでしょう? おっしゃる通り、男性も同じように性交渉でHPVに感染しますから、男性もかかる肛門がんや中咽頭がん、尖圭コンジローマを発症することもあります。ワクチンを接種することで、ご自身の病気の予防にもなりますし、将来のパートナーが子宮頸がんになるリスクを下げることにもつながります。そうしたことから、アメリカやオーストラリアでは、男性も定期接種の対象となっています。日本でもまずは女子の接種率を上げて、ゆくゆくは公費で男子も接種できるようにすることと、より有効な9価も公費で適応されるようにすることが目標ですね。
早期発見・治療するための定期検診。ワクチン接種との両輪で子宮頸がんを防ぐ
−二次予防となる定期検診についてもお聞きします。2年ごとに自治体から案内が来る定期検診で前がん病変が見つかった場合、どうなるんでしょう? 細胞異常である前がん病変が見つかって、それが「軽度」「中等度」だった場合は経過観察となります。数ヶ月~半年ごとに産婦人科に通って、進行度を確認するんです。「高度」に進行していた場合は、病変をとる手術やレーザー治療をします。 検診で前がん病変を早期発見し、高度に進行したときに適切な治療ができれば、子宮頸がんは予防できたことにはなるんですが、女性にとっては前がん病変でも苦痛は大きいと思います。特に症状はないけれど、早期発見してもすぐに治せる治療法があるわけではないので、数ヶ月に1回のペースで産婦人科に通わないといけないし、常に進行の不安に襲われる。高度に進行した場合、手術が心身に与える影響もありますし、手術によっては子宮の入り口が少し短くなるので妊娠した時に早産のリスクが高まります。 定期検診はあくまで「がんの早期発見」であって前がん病変になることを予防できるわけではなく、そして前がん病変であっても女性にとってはつらい。ワクチン接種でそもそもの感染を防ぎ、前がん病変も予防することが重要になってくるんですね。
−たとえ症状がなかったとしても、前がん病変があることを知りながら、できることがないまま、進行に怯える日々はつらいですね。とはいえ、定期検診でがんに発展する前に早期発見をすることは大事。もし早期発見ができず、子宮頸がんになってしまったら、どうなるんでしょう? ステージにもよりますが、治療ができる段階であれば、手術で子宮や卵巣を摘出、あるいは放射線療法や、抗がん剤での化学療法を行います。治療はつらいものですし、術後にQOL(生活の質)を下げる合併症が残るリスクもあります。子宮や卵巣を失って妊娠できなくなってしまうこともあるし、進行してからだと手術の適応にならないこともあります。残念ながら命を落としてしまうこともあります。 命に関わることだと思うと、子宮頸がんを防ぐために、これから対象となる世代はワクチン接種をして、国が推奨する20歳以上の女性は定期検診に行くことが欠かせないですね。 そうなんです。日本ではまだまだ、HPVワクチンの存在を知らなかった、知っていたとしても「危険」というイメージがあって不安だと、親にも本人にも正確な情報が届かないまま、ワクチン接種の機会を逃しているケースが多くあります。子宮頸がんは女性であれば誰もがかかりうるけれど、防げる病気だということを念頭において、ワクチン接種と定期検診でしっかり予防してほしいです。私も一人の産婦人科医として、子宮を失って悲しい思いをする女性や命を落とす女性がゼロになるよう、これからも情報発信を続けていきたいと思っています。 text by 徳 瑠里香 illustration by 遠藤光太
稲葉 可奈子先生
医師・医学博士・産婦人科専門医
みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト 代表 / コロワくんサポーターズ / メディカルフェムテックコンソーシアム 副代表 / NewsPicksプロピッカー 京都大学医学部卒業、東京大学大学院にて医学博士号を取得、現在は関東中央病院産婦人科医長、双子含む四児の母。老若男女問わず生き生きと活躍できる日本を目指して、病気の予防や性教育など生きていく上で必要な知識や正確な医療情報とリテラシー、育児情報などを、SNS、メディア、企業研修などを通して効果的に発信することに努めている。