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柿の木便り
子育てをまちに開き、社会を拓く。 子どもを真ん中に広がる学びとコミュニティの輪
子育てがままならない。けど、身近に頼れる人もいない。近所の人には迷惑をかけないように。私がなんとか踏ん張らなくちゃ……。幼い子どもと過ごす中で、親としての責任感と気負いから、子育てを家庭で抱え込んでしまうこともあるでしょう。
でも、ちょっと視点を変えて、子どもを真ん中に、家庭、親族、園の先生、まちで働き暮らす人たちへ。子育てを社会に開くことができたら? 少しだけ心が軽やかになるかもしれません。
今回はそんな“「まちぐるみ」で子育てを、子どもと「まちづくり」を”実践する「まちの保育園・こども園」を訪ねました。
都会の森の中に佇む、「創造」に溢れる、まちに開かれたこども園
東京は原宿、緑豊かな代々木公園の一角にその場所はある。木々に囲まれて佇む大きな屋根のオープンな日本家屋。「まちのこども園」と表札を掲げる玄関を開けると、囲炉裏のある土間が広がる。洗練されているのに、どこか懐かしい日本の原風景が浮かんでくるよう。「アトリエ」と呼ばれる土間には、カラフルなペンや筆が置かれ、彩豊かな絵画やオブジェ作品が並ぶ。聴こえてくるのは、幼い子どもたちの賑やかな声。
ここ「まちのこども園 代々木公園」は、ナチュラルスマイルジャパンが2011年に開園した「まちの保育園 小竹向原」を皮切りに運営する、六本木、吉祥寺、代々木上原に続く、5つ目の園。2017年の開園から5周年を迎えたばかりで、エントランスにはお祝いの“お祭り”に子どもたちが創作した御神輿や園に関わる人たちのモザイクアートが飾ってあった。
保育室にお邪魔すると、親御さんと一緒に子どもたちが駆け回る。その日は、4歳児クラスの保育参加。ランチルームでは保護者と子どもたちが輪になって遊んで、対話をする姿もあった。
開放的で温かい空間のいたるところに溢れる、子どもたちの創作の足跡。教室では、子どもたちが友だちと、保育者と、あるいは一人で、それぞれ一緒に同じ時間を過ごしている。
この場所を起点に、どのようにして“「まちぐるみ」の子育てと、子どもとの「まちづくり」”が実践されているのか。子どもたちと保育者と保護者と、ほがらかな笑顔で言葉を交わす、ナチュラルスマイルジャパン代表の松本理寿輝さんに、じっくりお話しを伺った。
子どもたちの学びの環境と地域の未来を、ともに育んでいく
(まちの保育園・こども園代表の松本理寿輝さん)
開放的な空間に溢れる子どもたちの創作物に心が躍り、この場所が持つエネルギーのようなものを感じています。そもそも、まちの保育園・こども園が“「まちぐるみ」で子育てを、子どもたちと「まちづくり」を”実践するベースには、どんな想いがあるのでしょう。
出発点は、多様な人たちが暮らす社会で子どもを育てたほうがみんなにとっていいよね、という想いなんですが、創業からずっと、ふたつの視点を持ち続けています。「子どもたちの学びの未来をつくること」と「地域の未来を築くこと」。子どもたちにとって、家庭や園で過ごすだけでは限られた人と閉じられた環境になってしまいがちですが、多様性に富んだ人々が働き暮らすまちは学びの宝庫です。それこそ一生モノの出会いや体験が得られるかもしれない。子どもの学びに地域の資源を生かしていきたいと考えています。
一方、地域に目を向けてみると、母親の“孤育て”や一人暮らしの高齢者、中高年の引きこもりなど、地域交流が希薄なことが引き金となる社会課題もあります。子どもを円の真ん中に、家庭、保育者、地域の人たちがつながりあって“コミュニティ”をつくっていけたら、みんなにとってウェルビーイングな循環が生まれるんじゃないか。子どもたちと、家庭と園と、まちで貢献的な共存関係を築いていきたい。行政に頼る“公助”だけではなく、市民同士による“共助”の関係を充実させていくためにも、自分たちが地域運営主体となって、子どもたちと、まちと関わっていこう。そんな想いで11年前に、まちの保育園を立ち上げました。
以来僕らは、子どもを真ん中に、家庭、保育者、地域で働き暮らす人、園に関わるすべての人を“コミュニティ”と捉え、子育てを社会に開いていく姿勢を大事にしています。
(まちの保育園・こども園が描く「コミュニティの年輪」)
子どもたちの興味と、社会で楽しく学ぶ“ファンラーナー”をつなぎ、創造へ
──具体的にはどのようにして、まちに開かれた子育てが行われているのですか?
例えば、子どもたちはよくまちに散歩に出かけるんですが、ある日、解体工事をしていた旧原宿駅舎に興味を持って、まちづくりの工作を始めたことがあったんです。実際のまちと自分たちがつくるまちを行き来する中で、「何かが足りない……音だ!」とひらめき、まちの音に夢中になった。そしたら保護者の方が「まちにサウンドアーティストがいるよ!」とつないでくれたので、ワークショップを開きました。靴を地面に擦り付ける音、水が落ちる音。子どもたちが集めた音をサウンドアーティストが波形にして見せてくれた。「音には形があるんだ!」と発見した子どもたちは、自分たちがつくるまちの音を、針金やネジをコラージュした「波形」で表現したんですね。
音を音で表現する、我々大人の発想を飛び越えて、音を絵で表現した子どもたちの感性が素晴らしいなと。僕らは、自分の問いを見つけて表現していく、子どもたちの「創造」を支えるコミュニティでありたいと思っているんですが、そこで重要なのが、ある領域を夢中になって探究し、楽しく学ぶ“ファンラーナー(fun learner)”の存在です。まさに、サウンドアーティストは子どもたちの創造にインスピレーションを与えてくれるファンラーナーですよね。
──身近にサウンドアーティストがいることが、原宿というまちならではですね。
そうなんです。ここには代々木公園の豊かな自然もあるけれど、原宿というまちの文化がある。子どもたちの学びの環境には、自然も文化も大事だと思っていて。知識として形式化はできないかもしれないけど、その人がまとう価値観や文化に触れることは、子どもの学びの創造性を豊かにします。保育者や保護者だけでは限界があるので、まちに出て行って、多様な価値観の人たちと出会ってほしい。積極的にその接点をつくるようにしています。
──子どもたちとまちの人々、その点と点を結ぶ役割をになっているのが、まちの保育園・こども園独自の「コミュニティコーディネーター(CC)」になるのでしょうか?
そうですね。各園に1名ずついるコミュニティコーディネーターは、保育に専念する先生たちとは違う目線で子どもたちと関わり、親御さん、保育者、地域の人たちとの橋渡しをする存在です。子どもたちの学びの興味に耳を傾けて、地域の人をつなぐこともするし、保護者同士、地域の人同士がつながるサポートもする。地域の人々の想いを汲み取りながら、できることで一緒に課題を前に進めるようなこともあります。
例えば、小竹向原では、町内会の参加率が低下しているという相談を受け、まちの人たちからつくり手を募って一緒にガイドブックを作成しました。創刊時にお祭りを立ち上げ、現在まで継続していたり、そのつながりで新たな動きも巻き起こっています。賑わいができると人が集まってきて、何かしたいけどどうすればいいかわからない人たちも参加しやすくなる。そうした場やきっかけをつくることで、子どもたちを中心にまちが盛り上がっていくんですね。
──まちぐるみの子育てと、子どもたちとのまちづくりの両輪が回っている状態ですね。
子育ては1/1。一人ひとりの違いを大事にしながら、わけない。
──コミュニティで子育てをするという姿勢は、北イタリアのレッジョ・エミリア市で実践されてきた教育アプローチ「レッジョ・エミリア・アプローチ」にインスピレーションを受けているそうですね。レッジョ・エミリアのどんなところに惹かれているのでしょう?
レッジョ・エミリアは「教育はすべての子どもの権利であり、コミュニティの責任である」という思想のもと、その名を冠する通り、まち全体で保育を行っています。共感する点は、子どもの可能性と創造性、有能さを信じていること。そして大人も子どもも、人が持つ可能性の豊かさをコミュニティの中で引き出していること。さらに教育アプローチが固定化されることなく、対話を繰り返し、成長し続けていること。レッジョは、コミュニティをベースにしているので、国や地域が違えば、そのアプローチ方法も変わってくるんですね。なのでレッジョの取り組みをそのまま行うのではなく、理念を共有したうえで、僕らは、僕らのまちで、僕らのやり方で保育を探究しています。
──まちの保育園・こども園では、どんな保育を探究しているのでしょう?
僕らはよく「子育ては1/1」と言うんですが、一人ひとり違うという前提に立って、その時々での「距離感のデザイン」を大事にしています。賑やかな場で楽しみたい子もいれば、安全な場所で落ち着いて一人で過ごしたい子もいる。同じ空間で一人ひとりの特性やその時々の気持ちに寄り添いつつ、適切な距離を保っていけたら、と。とはいえ、個別な配慮をするわけではなく、違いを大事にしながら、わけない。1/1の子どもたちが交わることの相乗効果で、自分ひとりでは思いつかない「みんなのアイデア」が生まれることもありますから。
──少し主語が大きくなりますが、日本の幼児教育は、義務教育も、みんな同じようにやって、そこから外れる子は個別対応といった線引きがなされる傾向もあるように感じます。でも、まちの保育園・こども園では、“みんな”として「まとめる」のではなく、“違う一人ひとり”を「わけない」。前提が大きく違いますね。
そうですね。僕らは、まちも園も、大人も子どもも、一人ひとりも、それぞれ違うあらゆるものを「わけない」ことに豊さが生まれると考えています。そこには「違い」を理解して大事にするという前提がある。一人ひとりの違いを知るために、近年「ニューロダイバーシティー(Neurodiversity:脳の多様性)」の研究とムーブメントづくりにも取り組んでいます。
──「ニューロダイバーシティー」について、詳しく教えてください。
「ニューロダイバーシティ」は、脳や神経に由来する特性の違いを個性として尊重し生かし合う概念のことを指します。発達障害と言われる自閉症やADHD(注意欠如・多動症)、学習障害などは、脳の感じ方の違いなんですね。誰しもに、目で見る、耳で聴く、など五感で得た情報を脳で処理する際の「認知特性」があります。たとえば、目で見て記憶するのが得意な「視覚優位」の人は、最初に全体像を掴んで理解を深めていく。一方、耳で聞いて記憶するのが得意な「聴覚優位」の人は、断片的な人の話を聞きながら全体の物語を組み立てていく。そういったそれぞれの脳の特性を理解することで、その人のパフォーマンスが発揮しやすい環境づくりができるんじゃないか。そういった仮説を立てて研究しているアメリカのチームがあって、伊藤穰一さんたちと、日本における学びの環境を整えながら、ニューロダイバーシティの概念を広げていく活動をしています。
──保育の現場だけでなく、家庭でも職場でも、自分と相手の脳の特性が理解できたら、コミュニケーションのアプローチ、そして関係性も変わってきそうですね。
そうなんです。お互いの違いを知って、わけずに生かし合うことができれば、その人のウェルビーイング、さらには社会を一歩前に進めることにもつながると思っています。
保育とまちづくりの「実践」を「研究」につなげて「共創」し、社会を拓く
──まちの保育園・こども園の取り組みは、園とまちだけにとどまらないんですね。
僕らは、東京で5つのまちの保育園・こども園を運営していますが、同時に「まちの研究所」という姉妹会社を通して、学びのネットワークを築いています。まちの研究所では、東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター(Cedep)と発達保育に関する研究を行ったり、レッジョ・エミリアと日本の架け橋になる組織「JIREA」を運営したり、ニューロダイバーシティの学びを深めたり。保育の「実践」から得た知見を「研究」にも生かしています。
保育園の運営費だけでは、先行研究への投資がなかなか難しいので、企業や自治体との「共創」にも取り組んでいます。たとえば、渋谷区と連携して、渋谷区子育てネウボラ(妊娠・出産・子育て支援)という施設の中に「coしぶや」という新しいかたちの子育て支援センターをつくりました。ここの内装やデザインは良品計画とコラボレーションしています。
(「coしぶや」のアトリエ 写真提供:まちの研究所)
(「coしぶや」のプレイグラウンド 写真提供:まちの研究所)
ほかにも、社会のいろんな主体者が子育て領域に関わってほしいと、企業とのコラボも積極的に行っていまして。博報堂さんとTBSさんと共同で赤坂に事業所内保育所「はなさかす保育園」を開所したり、星野リゾートさんとこれから開業する「リゾナーレ大阪」に旅先での子どもの学びの環境づくりに挑戦したり。実践や研究で培った視点を生かした子どもの学びの環境を社会の中に、共創で増やしていきたいんですね。
保育とまちづくりを「実践」し、そこから得た知見を「研究」に生かし、「共創」で社会に還元していく。実践・研究・共創が循環する生態系をつくりながら、子どもの学びの未来と地域の未来を育んでいきたいと思っています。
──すごい!想像以上に活動の幅が広いですね。「まちの保育園 六本木」のエントランスにはカフェ「まちの本とサンドイッチ」も展開されていますよね。
保育園に遊びに来てください!子どもと関わってください!と声高に言われても、参加しづらいですよね。でもカフェがあれば、珈琲を飲みに来たり本を読みに来たり、気軽に足を運んでもらえる。子どもと関わりたい人、遠くから眺めていたい人、保育園と併設でカフェがあることで「距離感のデザイン」ができるのもいいんですよ。
(まちの本とサンドイッチ外観 写真提供:まちの研究所)
(写真提供:まちの研究所)
──お話しを聞いていると、子育てが家庭から園、まち、カフェ、企業や自治体、国内外の研究機関へ……どんどん社会に開かれていて、視界が拓いていきます。都会の核家族で幼い子育てをしている身からすると、桃源郷のようです。
また理想ばかり語って、と思われてしまうかもしれませんが(笑)、もちろん僕らもまだまだ理想の社会へと進んでいる途中です。共感してくださる人たちと一緒に取り組んでいきたい。自分たちにできることを積み重ねて、子どもの学びの環境と地域づくりをわけずに考え、社会を拓いていく。これからも大きな挑戦をローカルから地道にやっていきます。
*
大人も子どもも、コミュニティの中で学び、創造の芽を育んでいく。一人ではできないし、一朝一夕にできることではないけれど、実践者として進むまちの保育園・こども園は、その道を明るい方へと照らしてくれます。まちのイベントに子連れで参加してみる。まちの人と言葉を交わしてみる。いち個人として、小さなことから始めて、頼り頼られる“共助”関係を身近なところから広げていきたい。そんな野心と希望が心に灯りました。
text by 徳 瑠里香 photo by飯塚 朋美(Moi)
松本 理寿輝さん
まちの保育園・こども園/ナチュラルスマイルジャパン株式会社 代表
1980年東京都生まれ。一橋大学商学部商学科卒業後、2003年博報堂に入社。3年後に退職し、仲間と不動産ベンチャーを立ち上げる。その後、学生時代から温めていた保育の構想の実現のため、2010年ナチュラルスマイルジャパン株式会社を設立。2011年東京都認証保育所(のちに認可)「まちの保育園 小竹向原」を開園。現在は、六本木・吉祥寺・代々木上原・代々木公園で認可保育所と認定こども園を運営している。著書に『まちの保育園を知っていますか』(小学館)、監修に『保育の質を高めるドキュメンテーション: 園の物語りの探究』(中央法規出版)などがある。