Web Magazine

柿の木便り

「男性育児」に必要なのは推進ではなく“支援”。子育てをする家族を守るために。

 

 

 

男性の育休取得率は17.13%(2022年雇用均等基本調査)と、年々増えていますが、まだまだ「育児の主体は女性」といった空気は社会に漂ったまま。


「これからの男性育児は、“推進”ではなく、“支援”が重要になってくる」


そう話す産婦人科医・産業医の平野翔大さんは「Daddy Support協会」を立ち上げ、“父親支援”に取り組んでいます。母親も父親も肩の荷を下ろして、誰もが育児と仕事を健やかにできる社会にするためには?その道しるべを、Daddy Support協会の活動とともに、平野さんに語ってもらいました。

 

 

「母親の支援者」として「知識なし、経験なし、支援なし」の男性育児



──「Daddy Support協会」立ち上げの背景と合わせて、平野さんが感じている「男性育児」を取り巻く課題から教えていただけますか。


産婦人科医として地方の病院にいた頃は、男性との接点がなく、妊婦さんから間接的に話を聞く中で「どうして男性はこんなにも妊娠・出産・育児に対する意識が低いんだろう?妊娠中からもっと夫婦で話し合えたらいいのに」とぼんやり思っていました。


その後、産業医になった際に、仕事と育児の両立に悩みメンタル障害を起こした男性に出会ったんです。学術文献を辿っていくと「男性の産後うつ」が存在する。そこから専門家や当事者にインタビューをして知識を深めて、発信を始めました。


課題として見えてきたのは、男性育児は「知識なし、経験なし、支援なし」の三重苦であること。「母子保健法」「母子手帳」と呼ばれるように、妊娠から地続きにある育児に関する情報は女性に向けたものがほとんどです。性教育が遅れている日本で、男性が情報に触れる機会は圧倒的に少なく「何を知ればいいのかもわからない」状態に。育休取得率の低さと「里帰り出産」によっても男女間で育児のスタートラインにずれが生じてしまう。そして父親は、育児において「母親の支援者」という位置付けになってしまうんですね。

 

 


──育児が女性に偏ってしまうのは、男性個人の意識の問題というより、男性を取り巻く社会環境にも課題があるということですね。


そうなんです。育休取得をはじめ「男性育児」は、推進はされているけれど、支援はされず、男性が育児をしやすい環境にはありません。女性から育児が引き離されないまま社会進出が推進され、共働きの「ワンオペ育児」から「産後うつ」が問題となったように、男性に仕事の負荷が残ったまま育児参加が進めば、両立に困難が生じて「産後うつ」に陥ってしまう。


父親をサポートすることは、母親と子ども、家族を守ることにつながる。適切な情報を伝え、企業や自治体と協働で支援体制を整え、男性を含む誰もが仕事と育児をしやすい社会システムをつくっていきたいと、Daddy Support協会を立ち上げました。

 

 

子育てへの気負いを手放し、人に頼る「受援力」を高める


──Daddy Support協会の具体的な活動として、「父子手帳 リーフレット版」を企画制作されました。発するメッセージがやさしく、妊娠から出産、産後の育児までのtodoが簡潔にまとまっていて、わかりやすいです。

 

 

平野さんの著書『ポストイクメンの男性育児』(左)と「父子手帳リーフレット版」(右)

メッセージとして大事にしたのは、もっと肩の力を抜いて、頼れる人に頼ってほしいということ。育児に関わる男性がメンタルヘルス不調に陥ってしまう要因の一つに「父親は弱さを見せてはいけない」といった気負いがあります。子どもが生まれて、家を買う、給与を上げるために転職するなど、負荷がかかるイベントを重ねてしまう人は少なくありません。ストレスを抱えていても気づかないまま、共有も相談もできずに自分を追い詰めてしまう。だからまずは「父だから、男だから、がんばる」といった気負いを手放してほしいんです。


そもそも子育ては親ふたりで担うのは困難です。あれもこれもと上を目指しがちですが、理想通りにはいかない。年齢ごとに危険から守る「やってはいけないこと」を押さえておけばいいんです。


子育てにおいて何より大事なのは「親が健康であること」。産後は、親の睡眠と食事の時間を確保して、大人同士で会話をして、互いの健康維持に目を向ける。そのためにも、子育てを親だけで抱え込まない。今の子育てに足りていないのは人に頼る「受援力」です。医療機関や行政、親族や友人など、いざというときに頼れる人を見つけておきましょう。


その上で必要な知識を得る。「父子手帳」には、いつ何をすればいいのか、具体的な行動に結びつく正確な情報をフローチャートにまとめています。



──父親だけでなく母親も子育ての初心者。目のつく場所に貼っておけば、目線を合わせて事前に話し合うきっかけにもなりそうです。

 

 

「産後のメンタルヘルス不調は女性だけのもの」ではない


──自治体との協働プロジェクトとしては、どんな取り組みをされているのでしょう?


2023年11月より豊島区で公民連携の「妊娠期からの男性育児支援」に取り組んでいます。具体的にはまず、豊島区在住の2歳未満の子がいる約3,200世帯の父親を対象にアンケート調査を実施。半数近く回答が戻ってきたのに驚きましたが、育休取得率も非常に高かったのは興味深いです。

 

 

定量的分析からは、育休取得者が想定より多かったこと、多くの父親が妊婦健診や出産に付き添っているなど、近年の父親の積極的な様子が伺えました。


しかし家事・育児と仕事の両立には課題も見えており、家事育児時間は出生後・育児休業後でも国が目標とする1日2.5時間を超える父親は1/4程度にとどまり、仕事関連時間(仕事時間+通勤時間)は出生後も半数が1日10時間以上に。そして睡眠時間は出生後に減って6時間未満の方が7割を超えるなど、父親は睡眠時間を削って育児家事に関わっていることがわかりました。さらに、産後半数以上の男性が負担や不調を感じている。睡眠時間の減少は、メンタルに影響を及ぼすんですね。


──私自身、産後にイライラしたり涙が溢れたり心身が乱れた経験がありますが、女性ホルモンの問題かと思っていました。育児をする男性もメンタルに不調が現れるんですね。


たしかに女性は、産後のホルモンの激減により心身に不調が現れやすいですが、それは「マタニティ・ブルー」と呼ばれ、基本的には産後1ヶ月程度で、治療が必要なレベルには至りません。より重度の症状を起こしてしまったり、長く続いてしまう「産後うつ」は、女性でもホルモンの問題だけではなく、孤独感や育児ストレスなど、社会的な問題が大きく絡んでいるんです。


このような社会的な課題は男性も無縁ではありません。育児に関わる男性も女性と同様、睡眠不足、パートナーや子どもとの関係性や仕事に対する不安やストレスによって、メンタルヘルス不調に陥ることはあります。「産後うつ」と呼ぶかは諸論ありますが、「産後のメンタルヘルス不調は女性だけのもの」という考えは危ないのです。また男女ともに「パートナーのメンタルヘルス不調」が大きなリスクであることも見過ごせません。パートナーがメンタルヘルス不調を起こしたら、どうしてもケアが必要になってきますから。

 

 

父親も当たり前に育児をして、支援される社会へ


──父親もメンタルヘルス不調になる。そう考えると、男女というより「育児をする人」に対する情報提供や支援が必要になってきますよね。


まさに、今「子育ての蚊帳の外」とされてしまっている父親を当事者として捉え、「母親の支援者」ではなく「支援される側」だというマインドチェンジをしていく必要があると考えています。行政の窓口や健診に来た男性に「お母さんはなんと言っていますか?」と聞いたり、子どもの熱で早退する部下に「なんで男のきみが?」と思ってしまったり。まだまだ無意識の思い込みがありますよね。


私たちDaddy Support協会はこれから、豊島区とともに今回の調査結果を踏まえて、早期から切れ目のない父親支援体制を構築していこうとしています。妊娠中からの正確な情報提供や産後のメンタルケアなど、母親に当たり前にやっていることを父親にもやっていく。今はまだ「男性育児」はマイノリティかもしれませんが、マジョリティになったときには男女双方の「産後うつ」を予防できるように。当事者の犠牲が多く出て問題が顕著になるその前に、歴史とデータを分析し先回りして予防策を提案していくことが専門家のできることだと思うので。



女性も男性も、親の仕事と育児の両立は、育休後も数年にわたって続いていきます。子育てを親だけで抱え込まないためには、働く企業や暮らす地域が頼れる場所である必要があります。頼り先になる企業や自治体にアプローチしながら、制度や法律の改正を視野に入れ、“父親も当たり前に育児をして、支援される”文化変革を起こしていきたいです。



働きながら子育てをするうえで、自分が大変な状況になる度に、男性であるパートナーを責めてしまうけれど、私自身の中にも母であることへの気負いがあるように思います。その思い込みをほどいていくことも、男性が育児をしやすい環境をつくる一助になるのかもしれません。子育てを親だけで抱え込まない。パートナーとともに、周囲の人や支援機関に頼る「受援力」を高めて、健やかに働き暮らすことをあきらめずにいたいと思います。


text by 徳 瑠里香 Photo by 川島 彩水

平野 翔大さん
産婦人科医・産業医・医療ジャーナリスト/一般社団法人Daddy Support協会代表理事

医学部卒業後、初期研修・産婦人科専門研修を経て、現在は上場企業統括産業医を務める。また大企業やベンチャー企業のヘルスケア事業コンサルティングも行い、プロダクトマネージャーやアドバイザーとして関与。ジャーナリストとしては、複数メディアにて「男性育児」「女性の健康経営」「DE&I」「不妊治療」「働き方改革」「メンタルヘルス」などについて、執筆・講演を行い、Newspicks プロピッカーとしても活動。産婦人科医療の現場での経験から、男性の育児参加・妊娠出産育児に関する知識や環境に問題を感じ、父親育児/育休支援の事業にて経済産業省「始動 Next Innovator 2021」に採択。これを契機に一般社団法人Daddy Support協会を2022年12月に創立し、代表理事に就任。