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柿の木便り
「私らしくいることが、誰かの光になる」。下町で見つけたWell-Beingのかたち
「多様性」「Well-being」「地域共生」。そんな言葉をあらゆる場面で聞くようになって、大事なことだと頭ではわかっていても、自ら実践するのにはハードルがあるように思います。価値観が違う人と交わること、自分の幸せを追求すること、地域と関わっていくことに、どこかで怖さを抱きためらっているのかもしれません。
そんなハードルをひょいと飛び越えて、多様性にあふれる地域で、自分のWell-Beingを探求している人がいます。神戸の下町で暮らす保育士起業家の小笠原舞さんです。舞さんのあり方には、それぞれのWell-beingを見つけるヒントがありました。
自分の「Well-being」からはじめる、社会変革の循環づくり
──舞さんは「保育士起業家」とあわせて「Well-being 探求者」という看板を掲げています。最初に、そのベースにある想いについて、お聞かせいただけますか。
ずっと私の軸にあるのは「Well-beingな人を増やすこと」なんです。自分がWell-beingな状態で余裕が生まれれば、周りに目が向き、困っている人がいたときに手を差し伸べられるんじゃないか。その循環をつくれば、違いを認め合う社会=差別しない社会になり、世界はもっと平和になるんじゃないか。そう思っているんです。
そもそもWell-beingとの出会いは18歳の頃。大学で現代福祉を学ぶ中でその言葉を知ると同時に、福祉の現場で障害のあるこどもたちに出会いました。そのとき、そのまんまの個性を爆発させていきいきしている姿に衝撃を受けて、これだ!って思ったんです。そもそもこどもたちはみんなWell-beingな状態じゃないかと。
こどもたちがそのまんま大きくなれたなら、つまりWell-beingな人を増やせたら、私が願う平和な世界はつくれる。その理想を叶えるために、あの手この手を使って、さまざまな活動をしています。
──一人ひとりのWell-beingを起点に、平和な世界を描いていく。そのための具体的な活動についても教えてください。
保育士として、親と子、それぞれが生きやすい状態をつくる=社会をデザインするのが生業です。
2013年に合同会社「こどもみらい探求社」を立ち上げ、今年で11年目になります。個性あふれるこどもたちに「そのまま大きくなってね」と言える社会をつくるために、大人こそが個性を大事にして、自分らしく生きるための事業を展開しています。
具体的には、親御さん向けに「おやこ保育園」というオンラインの講座を開いたり、『いい親よりも大切なこと』という本を書いたり、大人が自分らしさを大切にすることの価値を直接伝えたりしています。
また同時に、社会が変わっていくように、企業や行政とのコラボレーション事業を通じてサービスづくりに伴走したり、こどもごころや個性を引き出す人材研修「Child Creative Learning」を行ったりしています。
それから会社とは別に「asobi基地」という子育てコミュニティを運営しています。カナダ・トロントの子育て支援の考え方「Nobody’s Perfect=完璧な大人もこどももいない」をベースに、遊びを通して、家族を超えた関係性をつくっていくコミュニティです。
子育てをする上で、地域コミュニテイは重要だと思うんですが、なかなか地域とつながりづらい社会になっています。でもasobi基地に来て、近所に一緒に遊べる家族を数組でもつくれたら、それはもう1つの立派なコミュニティだと思うんです。必ずしもたくさんの人数が必要なわけではないよなと。
いつどこでも、固定の場所がなくとも地域の人とのつながりがつくれるように、やりたいと思った人が自ら旗を上げられるように、遊び方のグランドルールやノウハウを共有しています。創設した2012年から全国に広がり、日本と上海あわせて計 13箇所で仲間がasobi基地を運営しています(2024年現在)。
商店街に銭湯、長屋が残る下町での日常がエンターテインメント
──会社と個人の垣根なく多様な活動をされていますが、さらに舞さんは、神戸市の下町・長田区に暮らし、ゲストハウス「とまりぎ」を営んでいます。ゲストハウスをはじめたきっかけは?
この町の暮らしが私自身とっても楽しく、私がつくりたいと願っているWell-beingな社会そのものがここにある!と感じたので、ほかの人にも体験してもらいたいと思ったんです。
長田区は、昔ながらの長屋や路地が残っていて、商店街があって、個人店が多い。地域の人たちが顔見知りだからこそ、どこでも挨拶が飛び交っている。商店街でアーティストが音楽を奏でれば道ゆく人が踊り出すし、子連れで銭湯に行けばおばあちゃんがこどもの髪を洗ってくれる。
喫茶店でおばちゃんに長生きする秘訣を教わったり、路地で遊ぶこどもたちに「ちょっと手伝って〜」と声をかけて布団を運んでもらったり。近くには介護付きシェアハウス「はっぴーの家ろっけん」があって、認知症のおじいちゃんおばあちゃんと関わることもあるし、韓国人やベトナム人も多い地域で国籍も豊か。これぞダイバーシティ!って感じで飽きないんです。
ここに遊びに来る人にとっては非日常みたいなんですが、ここに暮らす私にとっては日常。長田は日常がまるでエンターテインメントなんですが、実はきっと目線を変えればみんなの日常にも同じようなことがあると思うんです。
言葉で説明すると薄っぺらくなってしまうので、うちに泊まって、私たちの日常をともに過ごして体感してほしい!と思ったんです。
自分から挨拶をしてコミュニケーションを取って、地域とつながることの豊かさや喜びを味わったり、見方を変えれば日常ってこんなにおもしろいんだという体験をしてもらえたら、何かがわかるんじゃないかと。人によって感じることも持ち帰るものも違いますが、ここでの生活をいつもと違う選択肢として体験してもらえたら、自分のWell-Beingに気づけるかもしれない。そのきっかけをつくりたくて、下町でゲストハウスを運営しています。
ラベルを貼って境界線を引かず、曖昧なままともにいられる社会
──「Well-being」も「多様性」も言葉だけではなかなか理解しきるのが難しいけれど、舞さんはこの場所で実践し探求する姿を見せていらっしゃる。言葉で受け取って頭で考えるのと、体験して感じるのには大きな違いがありそうです。
言葉にすると概念が働くので、曖昧なものを曖昧なまま受け取るのが難しくなってしまう気がするんです。言葉のラベルを貼ることでわかりやすく分類できるし、自分だけじゃなかったんだと安心できる人もいると思うけど、境界線が引かれてしまうこともある。大人とこどもとか、発達障害とか認知症とか。その中にある個性が見えなくなってしまうというか……。
この町にいると大人もこどもも、おじいちゃんおばあちゃんも、不器用さも弱さもそのままで、人間らしさ全開で生きているなと感じる。ああ、あったかい社会だなって。それを感じるだけで、心がゆるんでいくんです。
一方で長田区は社会課題が多い町でもあります。私の考えですが、きっといろんな弱さがあるからこそ、助け合いが生まれ、関わり合いが生まれ、あたたかい社会が残っているんじゃないかと。
私も昔は白黒はっきりさせたかったし、真面目にがんばりすぎて、弱さを見せるのが怖かったけど、今は曖昧な凸凹な自分でいいんだと思える。そんなふうに、自分の弱さをも出して生きているからこそ、きっと誰かがしんどいときにみんなで助け合えるんじゃないかと思うんです。
──長田で暮らすこと自体が舞さんのWell-beingにつながっているように感じます。
まさにそうですね。私にとってのWell-beingは、自分の苦手なことや弱さを受け止めて、「手伝って」「助けて」とほかの誰かに頼れる状態。それは凸凹な自分をまるごと大事にできているってことだから。頼れる人たちが近くにいて、できないことへのストレスが減ると緊張がほぐれて、エネルギーが循環するんですよね。
家族と地域を超えて「うちに帰っておいで」と言える関係性を
──舞さんのお話を聞いていると「〜しなきゃ」と頭で考えて心が絡み合っている状態がほどけていくような感覚がします。
子育ても日々の生活も、“しなくちゃいけないこと”よりも“しなくていいこと”に目を向けたほうが楽になると思うんですよ。もっと人に頼って、肩の荷をおろしていい。
ゲストハウスの「とまりぎ」という名前には「疲れたときはいつでも休みにおいで」という願いを込めたんです。同じ家にある夫が経営するバー「SAKAZUKI」は「杯交わして家族になろうよ」って願いで。私たちもみなさんも子育てを家族だけでするのは無理なので。
ゲストハウスもバーも、家族も地域も超えられるから、いつでも誰でもウェルカム。こどもを私たちに預けて夫婦でバーで飲んでもいいし、合宿にこどもだけで参加してもいい。
ここに、ゲストハウスに来てくれた人たちの写真が飾ってあるんですけど、私にとっては地域を超えた親戚のような存在でもあって。「ただいま!」っていつでも帰って来てほしい。とはいえ物理的な距離があるとふらっと来るのは難しいだろうから、宿泊者限定のオンライングループをつくって、気まぐれで下町のレポートをしています。
──家族や地域を超えて、いざというとき、そうでなくても、いつでも安心して帰れる場所があるというのは、心強いですね。
私は私のため、家族のために、自分の探究心が向くままに、ただここで生活をしているだけなんですけどね。ゲストハウスに来てくれた人と振り返りをすると、みんなそれぞれ何かしらの衝撃や気づきをシェアしてくれるんです。
もちろんここで居心地の悪さを感じる人もいると思いますが、それだって一つの気づきなので。やっぱり体感して比較しないと、自分にとってのWell-Beingは見つけられない。そういう意味では、ここに来て損はさせないよ!って思っています(笑)。
自分が関わる人たちが困っていたら助ける。その延長線上でしか、きっと社会を変えていけない。そう思っているから、出会いのきっかけを手放したくなくて、どの活動もやめられないんです。
ゲストハウスをはじめてから、これまでやってきたことが全部つながった感覚があるんです。私が私らしく、私たち家族が私たちらしく、ここで暮らしていることが、誰かの光になっている。そんなふうに、ようやく感じられるようになったというか。
おせっかいな私は、ここにいながら、やってみたらいいじゃん!って迷いや不安がある人の背中を押す係なのかなあと思っています。この記事を読んで、ピンときたり、心に引っかかるものがあった人は、どうぞ長田に気軽に遊びに来てほしいです。
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自分の弱さをさらけ出す怖さを手放すことができたら、そこに頼り合える関係性が生まれて、子育ても暮らしももっと楽に、豊かになる。舞さんのあり方からそんな光を見ました。でもきっと、画面越しの言葉では掴みきれていないこと、伝えきれていないことがたくさんあるのでしょう。長田を訪ねて「とまりぎ」に泊まらないとわからないことが。私にとってのWell-Beingとは?そんな問いを携えて、いつか長田にいる舞さんに会いに行きたいと思います。
text by 徳 瑠里香 Photo by 阪下滉成・池田浩基・こどもみらい探求社
information
現在、「とまりぎ」にて「明日 わたしは柿の木にのぼる」のアイテムをお試しいただけます。
小笠原舞さん
こどもみらい探求社 共同代表 /「asobi基地」創設者 / 下町ゲストハウスとまりぎオーナー / 下町ぐらし研究所 代表。
愛知県出身、1984年生まれ。幼少期に、ハンデを持った友人と出会ったことから、大学では福祉を学び、社会人経験を経て、保育士になる。子どもたちから得た学びを広げることが、「Well-being=誰もがよりよく生きる社会」につながると、子育てコミュニティの立ち上げを経て、2013年に合同会社こどもみらい探求社を設立。現在は神戸市長田区の下町情緒と多様性あふれる街に住みながら、人々とのつながりの中で私らしく、こども・家族と豊かに生きることを探求・体現中。