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出発点は「自分自身を愛する」ということ─世界を巡る助産師が語る日本のお産

妊娠、出産、子育て、性教育──。日本国内でもいろんな情報や価値観、選択肢にあふれていて、人それぞれ、もちろん大きな主語で一括りにすることはできないけれど。

日本と海外のお産事情、主にどんな違いがあるのだろう?

東京・広尾の日赤医療センターをはじめ、産科・婦人科・不妊治療病院に関わって20年目、現在は「Nomado 助産師」として世界を巡りながら、海外のお産事情を調査しているAcoさんこと吉村亜希子さんに教えてもらいました。

 

自然分娩で安全第一の日本のお産、世界との比較

 

Acoさんは、これまでどんな国のお産・子育て事情を調査してきたんですか?

 

Aco: 2017年から、スペイン、イギリス、フランス、イタリア、オランダ、ニューヨーク、シンガポール、中国、マレーシア、タイを回って、今はカルフォルニアに住んでいます。出産の調査は先進国が中心で、同じ国でも地域によってまったく事情が異なるので、一括りにしてお話するのは難しいんですが。私が見聞きしてきたこととして、お話できればと思います。

(イギリスNHSのスタッフと。真ん中がAcoさん)

 

はい、ぜひ。世界を巡ってきた今、Acoさんは日本のお産の特徴をどんなふうに捉えていますか?

 

Aco: まず日本は、自然分娩への志向が強い。たとえば、ほかの国、アメリカでは約7割が、フランスでは約8割が(硬膜外)無痛分娩で出産しています。日本では徐々に増えているものの2016年で約6%。

日本で無痛分娩が主流にならないのは、麻酔科医が足りないなど医療体制の問題もあると思いますが、宗教含む昔から根付く考え方や社会の風潮の影響もあるんじゃないかな。

それから日本は、世界一の安全大国です。2018年にユニセフ(国連児童基金)が発表した報告書によれば、日本は妊産婦死亡率と新生児死亡率が圧倒的に低い。世界一赤ちゃんが安全に生まれてくる国なんです。新生児死亡率が一番高いパキスタンでは、赤ちゃん1000人のうち45.6人が亡くなっていますが、日本は何人だと思います? ……0.9人です。妊産婦死亡率は、世界の平均が10万人のうち216人の妊婦さんが亡くなっているのに対して、日本は5人。

 

日本でお産に関わる医師や助産師は、赤ちゃんや妊婦さんの命を安全に守ってきた人たちなんですね。

 

とても世界的に誇らしいことです。ですが、自然分娩が主流でありながらも、リスク回避を優先するあまり、不要な医療介入として促進剤で陣痛を起こしたり会陰切開をしたり、リスク回避だけで帝王切開をしたり、分娩台の上で管理されたお産が中心になっている背景もある、とも私は思います。

お産は本来病気ではないので、産む人の力を引き出して自然にできること。もちろんリスクも伴うので、人によっては医療介入が必要になります。でも、安全を守るために、誰も彼もに医療介入が求められるわけではないんです。

 

日本ほど医療介入がなされていない国としてはどんな事例がありますか?

 

Aco: たとえば、イギリスでは医療介入は最低限で、助産師中心のお産が行われています。イギリスは、NHS(National Health Service)という、保険料を納めていれば無料で受けられる国営の国民医療サービスで病院も成り立っています。流れとしては、まずは薬局で妊娠検査薬を買って自分で検査をする。いきなり病院には行きませんよ。陽性反応が出てたら妊娠8週以降に、日本でいう街のかかりつけ医、GP(General Practitioner)で診察を受けます。その後、NHSのWEBサイトで産み方を選ぶ。ハイリスクの人以外は、無痛分娩、自然分娩、水中分娩、自宅出産などから選ぶことができて、その際、病院での実績の割合もネット上で表示され自分で選ぶことができます。

(イギリスで助産師が検診を行う様子)

 

(助産師中心の出産がなされるイギリスの病院にて。尿検査の容器が置かれている横には「MIDWIFE(助産師) CLINIC」と書かれている)

 

オランダも助産師中心の、産む人の自然の力を使ったお産が主流となっていますね。

(オランダで「クラームゾロフ」という産褥ヘルパーによる産後訪問に付き添った際の写真)

 

スペインも同じような仕組みではあるんですが、助産院や自宅出産で自然に産む選択肢がどんどん減っているようです。私が現地で話した助産師は「女性たちが産む力を奪われている」と言って、助産院を開業する準備を進めていました。

 

日本は助産院で産むという選択肢もありますよね。助産院で自分の自然な力で産んだ場合、リスクが高まるということもあるんでしょうか?

 

Aco: 日本は、大学病院から総合病院、街のクリニック、助産院、自宅出産まで、産む場所の選択肢はあります。その中で助産院も大きな病院と連携しているので、万が一のことがあった場合は搬送される。だから、助産院を選んだからといってリスクが高まるわけではありません。むしろ日本の助産院のケアは質が高いと、海外から研究に来る人もいるくらいですよ。

 

産後、ゆっくり休む日本と早めに仕事復帰する欧米諸国。その違いは?

 

日本だと産後はできるだけ動かずに赤ちゃんのお世話だけをするようにとも言われますが、海外では産後すぐに退院して早めに仕事にも復帰しているイメージが。実際どうですか?

 

Aco: 日本は産後、経膣分娩で5~6日、帝王切開で6~10日入院して、身体を休ませつつ母乳育児を学んだりしますよね。ちなみに、母乳育児が多いのも日本の特徴だと思います。里帰り出産も日本ならでは。

私が訪れた海外の産後の入院期間は日本より短いです。イギリスは6時間以上経てば退院でき、フランスは3日、シンガポール3日、NYは2日、スペインは経膣分娩は2日、帝王切開3日。

 

その違いは、どうしてですか?

 

Aco: まず、欧米人と東洋人の生物的な身体のつくりや体力の違いもあると思います。日本より普及している無痛分娩の方が産後の体の負担が少ないという点もありますね。あとは、伝統的な中医学がベースにある中国では、日本以上に産後は上げ膳据え膳でゆっくり休むことが推奨されているので、東洋と西洋の医学的な観点や風習の違いもあるかもしれません。

職場復帰に関しては、社会のサポート制度の違いが大きいですね。日本ほど産休・育休期間が長い国ってなかなかないんですよ。日本は、産前は出産予定日から6週間前(双子の場合は14週前)から休むことができ、産後8週は就業できない。その後、1歳までは育休を取ることができ、条件によっては最長2歳まで延長できます。雇用保険に加入していれば、育休中は働いていたときの賃金の50%が国から支給されて、経済的な保証もある。

たとえば、アメリカは産後12週間まで雇用を保証する制度はあるものの経済的な保証はありません。働かなければ賃金がもらえない。なので、産後早めに仕事に復帰する人が多いんですね。


(NYの助産師による開業クリニックの部屋の様子)

 

私が訪問したほかの国も割と産後2週間から3ヶ月くらいで仕事に復帰している人が多い印象です。ただ、イギリス、フランス、スペイン、シンガポール、オランダは、パートナーも一緒に2週間ほど育休をを取るのが当たり前なんですよ。社会の空気としても、日本の産後の女性がそうであるように、職場や飲み会に顔を出したら「なんでいるの?ベビーはどうしてるの?」って聞かれますし。シングルでない場合は「子育てはふたりでするもの」という前提に立って分担する。保育園のほかにも住み込みのナニーやチャイルドマインダーなどに割と安い価格でお願いできるので、仕事復帰もしやすいんですね。

 

日本ではまだまだ、産後女性が育児を担いキャリアが中断されてしまうケースも多くありますよね。

 

Aco: 日本の問題点は、女性がこれだけ働くようになったのに、社会の中では男性優位の考え方が根強くて、家事育児を女性が負担することになってしまっていること。日本も制度としては男女ともに育休を取得できるんですよ。なのに、実際の育休取得率は、2019年で女性83%に対して、男性はわずか7.5%で、全然浸透していない。2010年は1.4%なので、これでも徐々に上がってはいるんですが。国は2025年までに男性の育休取得率を30%にすることを目指しています。

どうして日本で男性の育休取得率が上がらないのか。私は「多元的無知」の思考にあると思っています。多くの人が、日本の社会としても表立っては男性が育休を取らないことを否定しながら、みんな他の人が取らないから自分も取らない。同調圧力が働いて、男性が育休を取れる社会の空気にはなっていないと。制度としてあっても使われていないので、会社の中で、誰かが手を挙げて育休を申請すれば、「取っていいんだ」と続く人が出てきて、変わっていくとは思いますよ。


(イギリスの日本人会館でプレママプレパパセミナーを開催したときの様子)

 

「性教育」の出発点は、自分を愛し大事にする力を育むこと

 

Aco: 日本は女性の産み方にしろ、男性の育休にしろ、かたちだけかもしれないけれど、制度や選択肢はあるものの、社会の空気もあって、主体的に選ぶことができていないという側面があるかと。

 

たしかに、自身を振り返ってみても、たとえば「産み方を主体的に選ぶ」という意識はそこまで強くなかったように思います。

 

Aco: そうですよね。イギリスで「バースプラン」を見せてもらったことがあるんですが、すごく細かいことまで書いてあるんですよ。たとえば、へその緒を誰がどのタイミングで切るか、出産中にパートナーにどうしてほしいか……ボールでここを押してほしい、枕元にいてほしい、手を握っていてほしいとか、自分の希望がぎっしり。


(イギリスの病院の記入前のバースプラン1ページ。全4ページに及ぶ。権利として主張する

 

バースプランの希望は叶えられるものなのでしょうか?

 

Aco: 「お産は産む人が主体となってやるもの」だから、医師や助産師も「サポートするから一緒に達成していきましょう」というスタンスですね。日本ではそもそもそこまでバースプランを主体的に書ける人は少ないですよ。

 

それってどうしてなんでしょう?

 

Aco: 日本は「性教育」が世界から10年くらい遅れていると言われていますが、その影響もあると思います。性教育の出発点は、自分は自分のままでいていいと、自分の存在を愛して大事にすること。性=セックスではなく、性=自分という存在なんですね。

自分の性が認められている、愛される存在なんだと思えたら、周りの他者の評価に揺らぐことなく、自分の意見を主張することもできるし、自分で選んでいいと思える。性教育は本来、そういう知識と意識を身につけていくことなんです。

 

なるほどー。海外ではその本来の性教育、自分を大事にするための知識と意識はどこで学んでいくんですか?

 

Aco: 幼少から性教育は始まります。例えばアメリカでは10代前半から「性的同意」についての授業があったり、合宿でコンドームの付け方をペアで実践したり、自分の意見としてNOを伝える重要性も、より具体的で実践的に学んでいますね。セックスコミュニケーションの中で嘘をつかず「NO」と伝えること、コンドームをつけることは、自分や相手を大事にすることにもつながりますから。

ただやっぱり、親や他者との関係性の中で育まれていくものでもあるので、影響が大きいのは、家庭でのコミュニケーションだと思いますね。

欧米は赤ちゃんの頃から子どもは夫婦とは別室で寝て、「一人の人間」として扱います。夫婦のコミュニケーションも大事にしつつ、子どもの自立性を高めるために。その代わり、朝起きたら「おはよう〜。よく眠れた?今日も愛してるわよ」といった感じでハグやキスをする。

あと、感じるのは欧米人は親が、幼い頃から子どもに常に「あなたはどうしたいの?」と意見を聞いてますね。「じゃあやってみよう」と日常の中に自己実現の機会がある。その積み重ねで自分の意見を表現できるようになるんじゃないかな。

 

「子どもに性教育を」と考えると少し身構えてしまいますが、日々のコミュニケーションこそが性教育になるんですね。

 

Aco: そう。だから、親として子どもにする一番大事な性教育は、毎日ハグをするとか心臓の音を聞くとかスキンシップを取ること、「大好きだよ」「愛しているよ」と伝えること、ちゃんと話を聞いてコミュニケーションを取ること、なんですよ。その積み重ねで子どもは、自分は愛されている、大事にされていると感じますから。

日本人はなかなか「愛してる」と日常的に伝えないかもしれませんが、子どもにしてみたらやっぱり言ってほしいですよね? 別の人間なんだから、察することはできないし。

日本は、子どもの自己肯定感が低い国なんですよ。2020年にユニセフが38カ国の子どもたちの幸福度について調査した報告書で、日本は、死亡率や肥満率で見る身体的な幸福度が1位であったのに対して、生活満足度や自殺率で見る精神的な幸福度は37位。自分は孤独だと感じている子どもたちが多いんです。

自分が愛されていると感じることができて初めて、自分や他者を愛することができる。自分自身を大事にできるかどうかは、地続きで、好きな人との関係性、セックス、妊娠、出産、子育てと全てにつながっていくことなんです。

 

デリケートゾーンケアも自分を大事にするため一つの手段

 

Aco: そういう意味では、デリケートゾーンのケアも自分を大事にするための手段のひとつなんですよ。

 

当たり前のようにデリケートゾーンケアをしている国もありますか?

 

Aco: ありますよ。アメリカとフランスは、スキンケアと同じような感覚でデリケートゾーンケアをしますね。スーパーにもいろんな種類のデリケートゾーンケア製品が並んでいますし。


(カリフォルニアのスーパーのデリケートゾーンケア商品棚)

 

自分の性欲を満たすグッズを販売するお店が駅前にもドーンとあったり、友だち同士で、セックスやデリケートゾーンの話もオープンにします。

自分のカラダを自分で愛でることにもマイナスな印象ではなく必要であると教育も受けているので、会陰マッサージにも抵抗がない。日本は”触れてはいけない汚いところ”といった印象を持っている人も多いと思うんですけど。自分のカラダを理解して愛でるために、デリケートゾーンも含めカラダに触れることは日常的なことなんですよね。

 

ちなみに海外だと出産時の会陰切開はどんな扱いなんですか?

 

Aco: 会陰切開の有無もバースプランのひとつですね。緊急時以外の会陰切開については賛否両論あって、切開した方が後々きれいにくっつきやすいという主張と赤ちゃんの頭で自然にゆっくり伸ばしていくほうが傷が浅いという主張。私は、緊急性が高くなければ、会陰切開は必要ないと思います。

傷を浅くするためには、妊娠中にマッサージオイルを使って自分の手で会陰を伸ばしたりオイルパックをしておくことがおすすめです

 

自分の心とカラダを大事に守ることにつながりますね。日本と海外、体質や制度、考え方にも違いはあるもものの、共通して言えるのは、お産は、自分自身を大事にすることが出発点になる、ということを学びました。

 

Aco: お産は、それぞれの国の歴史的な背景や政治的な制度も絡んでくるので、奥が深いし、それぞれに良さも問題点もあります。ある程度は限られてしまう選択肢の中で、自分を大切に、主体的に選んでいくこと。自分に対する愛! それが一番大事だと思いますよ。

 

 

*参考資料

日本産科麻酔学会HP「無痛分娩Q&A

WHO(世界保健機関)World Health Statistics(世界保健統計)2018年版

ユニセフ子供白書2019「新生児と母親の健康指標

厚生労働省「あなたも取れる育休&産休

生命保険センター「育休をとっている人はどれくらい?

ユニセフ報告書「レポートカード16

 

text by 徳 瑠里香 Photo by ご本人提供

 

Aco(吉村亜希子)さん

Nomado助産師

2001年より産科・婦人科・不妊症専門病院に関わり始め、救急医療にも携わり人の生死を目の当たりにしてきた。近年では2017年3月迄、国際色豊かで年間3200件以上の分娩件数を誇る日本有数の病院の東京広尾日赤医療センターに助産師として8年間勤務。その後、親の病気などを通してありのままに生きることを決意。世界の出産事情を調査するため世界一周お産の旅に出る。 世界の出産事情や子育て環境、サポートシステム、社会背景などを直接調査し出産期に関わる人々との交流を図り各地で講演会や座談会を開催し帰国。自身も母となり子育てに奮闘しつつ、カリフォルニアに在住。現在は講演会登壇、ネット対談の配信、プライベート出張専門助産師、各地個人セッション、世界のママオンライン相談窓口、性相談窓口、夫婦相談、女性を応援する企業の執筆・監修、子供用品の監修、ママサークルの運営などをして活動中。

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